御竈殿・鳴釜神事 | 吉備津神社 - 神社ファン

有名度

関脇

吉備津神社

きびつじんじゃ

岡山県岡山市北区吉備津931

御竈殿・鳴釜神事

更新日:2025年10月6日

鳴釜神事を行う御竈殿

本殿から南西の方角、廻廊の途中に御竈殿が建っています。
回廊内の御竈殿案内版
1612年(慶長17年)に鉱山師の安原知種によって再建された、桁行七間、梁間三間、入母屋造、本瓦葺きの社殿です。
南北に細長い長方形の建物で、屋根の棟に対して平行に入口が設けられており、北側の二間に釜が置かれています。木割が太く質の良い材料が使われ、軒を隅扇垂木とするなどの特色があります。神社の台所とも伝えられており、全国でも珍しい建物として、1980年(昭和55年)に国の重要文化財に指定されました。
御竈殿 社殿
この御竈殿では、吉備津神社に古くから伝わる特殊神事「鳴釜神事」が行われています。釜の鳴る音で吉凶を占う神事で、金曜日を除く毎日執り行われています。社伝によると、この竈の下には大吉備津彦命によって退治された鬼「温羅」の首が封印されているという伝説が残されており、これが神事の由来です。

釜の音で吉凶を占う特殊神事

吉備津神社には、釜の鳴る音で願い事が叶うかどうかを占う「鳴釜神事」という特殊神事があります。室町時代末期には都でも有名で、1568年(永禄11年)の『多聞院日記』には「備中の吉備津宮に鳴釜あり、神楽料廿疋を納めて奏すれば釜が鳴り、志が叶うほど高く鳴るという、稀代のことで天下無比である」と記されています。江戸時代には上田秋成の『雨月物語』に「吉備津の釜」として怪異小説が載せられたことでも知られています。
御竈殿 由来案内版
この神事の起源は温羅退治の伝説に由来します。大吉備津彦命が温羅の首をはねても、温羅は大声で唸り続けました。困った命が御竈殿の釜の下に埋めても唸り声は止まず、近郊の村々に響き続けました。そんなある日、温羅の霊が命の夢枕に現れ、「吾が妻、阿曽郷の祝の娘阿曽媛をして御饌を炊がしめよ。世の中に事あれば竈の前に参り給はば、幸あれば裕に鳴り、禍あれば荒らかに鳴ろう」と告げたと言われています。命がその通りにすると唸り声も治まり、これが鳴釜神事の始まりとなりました。
鳴釜神事の案内版
現在も御竈殿でこの神事が行われており、神職と阿曽女(あぞめ)と呼ばれる女性が奉仕しています。阿曽女は温羅が寵愛した阿曽媛の末裔とされ、代々阿曽の郷(現在の総社市阿曽地域)の出身者が務めています。
神事では、まず釜で水を沸かし、その上にセイロを置きます。神職が祝詞を奏上する間、阿曽女がセイロの中で玄米を振ると、鬼の唸るような「おどうじ」と呼ばれる音が響きます。この音の大小長短により吉凶を判断しますが、神職も阿曽女も解釈は告げず、参拝者自身が心でその音を感じ取ります。
鳴釜神事は金曜日を除く毎日行われており、通常の祈祷と合わせてお受けいただけます。ご希望の方は祈祷受付の際にお申し出ください。
御竈殿 入口

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

吉備津神社の人気記事