矢置岩 | 吉備津神社 - 神社ファン

有名度

関脇

吉備津神社

きびつじんじゃ

岡山県岡山市北区吉備津931

矢置岩

更新日:2025年10月6日

大吉備津彦命が矢を置いた伝説の巨岩

吉備津神社の正面入口、石段の手前には「矢置岩」が安置されています。竹の柵で囲まれた、表面が緑の苔に覆われた巨大な岩です。この矢置岩には、興味深い伝承が残されていますので、ご紹介させていただきます。
矢置岩
かつて、神社から西北に約10キロメートル離れた鬼ノ城に、温羅(うら)という名の鬼神が住んでいました。温羅は非常に凶悪で、地域の人々を大変苦しめていたと言われています。御祭神である大吉備津彦命は吉備の中山に陣を構え、温羅と弓矢による戦いを繰り広げました。伝説によると、大吉備津彦命が2本の矢を同時に放ったところ、1本は温羅の投げた岩と宙で激突し、もう1本は温羅の目に命中したと伝わります。温羅の目から吹き出した血は血吸川に流れ、下流の浜を真っ赤に染めたといわれ、現在も赤浜という地名で残っています。
矢喰宮Saigen Jiro (wikipedia CC0)
矢が激突して落下した場所には矢喰宮という神社が建てられました。この宮は吉備津神社と鬼ノ城のちょうど中間地点に位置し、社殿後方からは鬼ノ城を望めます。境内にある巨大な花崗岩は温羅が投げ飛ばした岩とされ、そばに生えている竹は大吉備津彦命の射た矢が根付いたものです。
矢置岩と案内版
そして、大吉備津彦命が自身の矢をこの岩の上に置いたことから、矢置岩と名付けられました。
矢置岩では、古くから箭祭という特別な神事が執り行われてきたと伝わります。参拝者が桜の羽根を付けた矢や白い羽根の矢を奉納し、神職がそれらを御蔵矢神社に収めてきました。いつの頃からか途絶えていましたが、1960年(昭和35年)に岡山県弓道連盟の協力により再び復活し、現在では毎年正月の三日に弓立神事として執行されています。
この神事は温羅討伐の古い言い伝えにもとづいたもので、矢を射ることで邪気を払い、国の平安と農作物の豊作を願う意味が込められています。

温羅退治の伝承地「鬼ノ城」

温羅の伝説に興味のある方は、温羅がこもったとされる鬼ノ城(総社市)も訪れてみてはいかがでしょうか。吉備津神社から車で約30分の場所にあり、「日本100名城」のひとつに選ばれている古代山城です。正規の歴史書には記録されていない謎に包まれた城で、現在は復元された城門や城壁を見学することができます。
古代山城Saigen Jiro (wikipedia CC0)

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