作楽神社 - 神社ファン

有名度

前頭

作楽神社

さくらじんじゃ

岡山県津山市神戸433

岡山県津山市神戸433

鳥居と拝殿

Aimaimyi(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

御祭神

後醍醐天皇 ごだいごてんのう
児島高徳朝臣 こじまたかのりあそん

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(2柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

作楽神社は岡山県津山市に鎮座する神社。御祭神は後醍醐天皇、児島高徳朝臣の2柱をまつる。
社格は旧県社。
作楽神社の鎮座地は、鎌倉時代から室町時代にかけて美作守護職の館が置かれた場所である。境内一帯は、大正11年(1922年)3月8日に「院庄館跡(児島高徳伝説地)」として国の史跡に指定されている。
元弘2年(1332年)、後醍醐天皇は隠岐へ配流される途中、美作国院庄の館に宿泊したと伝わる。備前の児島高徳は、後醍醐天皇の奪還を図り、船坂山や杉坂峠で一行を待ち受けたが果たせず、その後、院庄の館へ向かったとされる。
児島高徳は厳重な警戒の中で館に近づき、門前の桜の幹を削って「天莫空勾践時非無范蠡」の10字を刻んだと伝わる。翌朝、この詩を見た後醍醐天皇はその意味を理解したとされ、この出来事は『太平記』に記されている。
江戸時代、津山藩家老の長尾勝明は荒廃していた館跡に碑を建立し、児島高徳を顕彰した。幕末には、この地に神社を創建する動きが起こり、国学者の道家大門らが建議を行った。藩主を経て朝廷の許可が下り、社名として「作楽神社」の勅号が定められた。
明治2年(1869年)、作楽神社は創建された。道家大門は作事奉行として社殿造営に関わり、初代祠官として奉仕した。明治10年(1877年)には県社に列している。
現在の社殿は大正15年(1926年)に再建されたもので、本殿は神明造である。
社宝には、国指定重要文化財の太刀〈銘国行〉がある。この太刀は昭和4年(1929年)4月6日に重要文化財に指定され、所有は作楽神社、保管は岡山県立博物館で行われている。主な祭典として、4月第2日曜日の例祭、1月14日の古筆感謝祭、10月体育の日の旧制高校寮歌振興祈願祭が行われている。
  • 県社
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神社詳細

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%9C%E6%A5%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE
岡山県神社庁
https://www.okayama-jinjacho.or.jp/