神崎神社 鳥取県 - 神社ファン

有名度

前頭上位

神崎神社

かんざきじんじゃ

鳥取県東伯郡琴浦町赤碕210

😞 🙁 😐 🙂 😄

鳥取県東伯郡琴浦町赤碕210

拝殿

Ujigis(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

神崎神社以外にも 赤碕の荒神(こうじん)さん とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
  • 安全
  • 家庭
神崎神社には

「仕事系」「安全系」「家庭系(有名)」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

家内安全 海上安全 牛馬の守護

御祭神

素戔嗚尊 すさのおのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

かまど・荒神系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

神崎神社は鳥取県東伯郡琴浦町に鎮座する神社。御祭神は素戔嗚尊の1柱をまつる。
社格は旧村社。
神崎神社の創立年代は明らかではなく、室町時代末期の創建とも伝えられている。
社伝では、戦国時代に出雲国の月山富田城から神霊が遷されたと伝える。尼子義久の時代、尼子氏が毛利氏との戦いに敗れ、永禄9年(1566)に月山富田城が開城した際、尼子氏の遺臣が城内に祀られていた守護神を笈に負って伯耆国赤碕へ逃れ、現在の社地に祀ったという。
現存する棟札では元禄15年(1702)のものが最も古い。江戸時代には三宝荒神として信仰され、赤碕の「荒神さん」と呼ばれた。旧暦の毎月28日には縁日が開かれ、種苗や農具などを扱う市も立った。2月の縁日は「雛荒神」と呼ばれ、多くの参拝者が訪れた。
嘉永元年(1848)には本殿の造営が始まり、鳥取藩の宮大工であった小倉園三郎らが工事を手がけ、嘉永6年(1853)に建立された。明治12年(1879)には、小倉園三郎の孫にあたる小倉平次郎らによって拝殿が建立された。
明治時代に入ると神崎神社と称するようになった。神社には文政13年(1830)から昭和期まで記録が続く講帳、明治33年(1900)の荒神厨子、大正6年(1917)の荒神講函など、三宝荒神への信仰に関わる資料が伝えられている。
本殿には龍、鳳凰、獏をはじめ、植物や動物を題材とした精緻な彫刻が各所に施されている。拝殿にも彫刻が施され、向拝天井にはケヤキ材から彫り出された巨大な龍が広がる。神崎神社本殿と拝殿の扉、向拝天井の龍などは昭和27年(1952)9月15日に鳥取県保護文化財に指定された。境内施設の棟札と彫刻の下絵は平成2年(1990)2月26日に琴浦町指定文化財となっている。
例大祭は7月28日に行われ、「波止のまつり」と呼ばれる。神輿を船に載せて海上を巡る船御幸が行われ、大漁旗を掲げた船が随行し、海上安全と豊漁を祈願する。前日の7月27日には宵祭が行われる。
  • 村社
スポンサーリンク

神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

境内社 菅原神社
菅原道真公
すがわらみちざね
境内社 荒神・稲荷神社
倉稲魂命
うかのみたまのみこと
境内社 恵比須神社
事代主命恵比寿神
ことしろぬしのみことえびすがみ

例祭

波止の祭 7月27日・28日

文化財

神崎神社本殿
鳥取県 保護文化財
建造物 昭和27年9月15日指定
神崎神社の本殿 神崎神社の拝殿 一、向拝天井の竜 一、木端の獅子その他一切 一、扉
鳥取県 保護文化財
彫刻 昭和27年9月15日指定
神崎神社境内地施設の棟札と彫刻の下絵
琴浦町 保護文化財
文化財種別不明 平成2年2月26日指定

建築

本殿 権現造

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://kanzakijinjya.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%B4%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E7%90%B4%E6%B5%A6%E7%94%BA)
琴浦町
https://www.town.kotoura.tottori.jp/docs/2016030700061/
鳥取県神社庁
https://tottori-jinjacho.jp/