元宮とされる神倉神社 | 熊野速玉大社 - 神社ファン

有名度

関脇

熊野速玉大社

くまのはやたまたいしゃ

和歌山県新宮市新宮1番地

元宮とされる神倉神社

更新日:2025年7月18日

境外摂社

熊野速玉大社から南に15分ほど歩いた先には、境外摂社である神倉神社(かみくらじんじゃ)が鎮座しています。神倉山の中腹、天ノ磐盾(あまのいわたて)と呼ばれる険しい崖の上に建つ、熊野権現が最初に降臨した神聖な場所です。熊野速玉大社の起源であることから、元宮とも呼ばれています。神倉神社の境内地は、国の史跡である「熊野三山」の一部であり、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として登録されています。
神倉神社 石段と鳥居

急勾配な参道の石段

神倉神社へ参拝するためには、自然石を積み重ねた538段の石段を登らなければなりません。源頼朝が寄進したと伝わる歴史ある石段で、熊野古道中の古道とも言われるそうです。石段の高さは均等ではなく、急勾配で登りにくいため、運動靴などの歩きやすく滑りにくい靴で登拝することをおすすめします。
社殿へつづく石段
石段を踏み外して転落し、大怪我をする事故も起こっているそうです。石段の端は滑りやすいため、必ず中央を歩きます。また雨の日は特に滑りやすいそうです。熊野速玉大社では、高齢者の方や飲酒されている方、足腰のバランスが悪い方、小さなお子様をお連れの方、かかとの高い靴を履かれている方の登拝は行わないよう注意喚起しています。途中でギブアップして引き返す人も多いです。不安のある方は、無理をせず、下の鳥居前からご参拝ください。
急な石段

御神体「ゴトビキ岩」

「まるで梯子のようだ」と例えられるほどの石段を登りきった先に、神倉神社が鎮座しています。社殿はなく、ゴトビキ岩と呼ばれるご神体をお祀りしているのが特徴で、磐座信仰を現在に伝える神社です。かつて境内には、本殿や並宮、崖上に懸造の拝殿が設けられていました。しかし1870年(明治3年)に起こった台風で倒壊してしまい、その後は荒廃したと伝わります。1907年(明治40年)に熊野速玉大社に合祀され、1918年(大正7年)には岩下に祠が、昭和に入ると社務所や鳥居などが再建されました。
ゴトビキ岩と社殿
ゴトビキは、この地方の方言で「ヒキガエル」という意味をもっており、岩の高さは約11メートル、幅は約10メートルにも及ぶのだそうです。その周囲には、長さ約30メートル、重さにして約200キロの大きな注連縄が巻かれています。
またゴトビキ岩は、男性を象徴する「陽石」とされています。その一方、伊邪那美命の墓所である花の窟が女性の象徴である「陰石」とされており、この2つの岩で男女一対を表しているそうです。
神倉神社から見える熊野灘
神倉神社からは新宮の町並みと、遠くの熊野灘を一望することができます。とても素晴らしい眺望で、新宮市随一のビュースポットとも言われているそうです。

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