鳥居・末社 八咫烏神社・末社 手力男神社 | 熊野速玉大社 - 神社ファン

有名度

関脇

熊野速玉大社

くまのはやたまたいしゃ

和歌山県新宮市新宮1番地

鳥居・末社 八咫烏神社・末社 手力男神社

更新日:2025年7月18日

一の鳥居

熊野速玉大社の入口には「下馬橋」があり、その先に第一の鳥居があります。
下馬橋と一の鳥居
朱色の一の鳥居は本柱の前後に控え柱がつく両部鳥居です。両部とは密教の金胎両部のことをいい神仏習合を示す名残と言われています。広島の厳島神社が両部鳥居で有名ですが、街中であまり頻繁に見かけるタイプの鳥居ではありません。扁額には「熊野権現」と書かれています。
一の鳥居

鳥居近くに建つ末社

鳥居から参道を進んだ先、右手側に並んで鎮座しているのは、熊野速玉大社の末社である「八咫烏神社」と「手力男神社」です。両社とも鮮やかな朱色のお社で、その周りは玉垣で囲まれています。二社の間にお賽銭箱が設けられていますので、そちらからお参りすることをおすすめします。
八咫烏神社と手力男神社 社殿斜め
向かって右側のお社が「八咫烏神社」です。この地に遷座する前は、丹鶴山麗に奉祀されていたと言われています。ご祭神の建角見命(たけつぬみのみこと)は、別名「八咫烏」とも呼ばれており、神武東征の際に八咫烏に化身して、神武天皇を先導したそうです。そのため交通安全、招福の御神徳があるとして信仰を集めています。
向かって左側のお社が「鑰宮 手力男神社」です。平安時代にまとめられた延喜式神名帳にも記載されている、大変由緒あるお社です。もともとは神門内に祀られていましたが、813年に嵯峨天皇の勅命によって現社地近くへ還りました。その後1907年(明治40年)に新宮神社へと合祀されたと伝わります。
お祀りされている天之手力男命(あめのたぢからおのみこと)は、天岩戸神話にて天岩戸を開けた怪力の神さまです。それにあやかり、武道や健康、開運の御神徳があると言われています。
また神社名の「鑰」は、「鍵」や「閉じる」という意味があるそうです。鎮座されている場所も参道入口付近であることから、熊野速玉大社の「鍵」の役目を果たしているのかもしれません。
八咫烏神社と手力男神社 社殿正面

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

熊野速玉大社の人気記事