境外に鎮座する摂社 | 大神神社 - 神社ファン

有名度

関脇

大神神社

おおみわじんじゃ

奈良県桜井市三輪1422

😞 🙁 😐 🙂 😄

境外に鎮座する摂社

更新日:2026年9月29日

大神神社には御本社周辺や三輪山の山中だけでなく、少し離れた場所にも摂社が鎮座しています。
なかでも玉列神社、神御前神社、綱越神社は、それぞれ大物主大神や三輪山信仰と深いつながりを持つ古社です。椿の名所として知られる神社、倭迹迹日百襲姫命を祀る神社、夏の「おんぱら祭」で賑わう神社と、それぞれ異なる見どころがあります。

摂社「玉列神社」

大神神社から南東に離れた桜井市慈恩寺には、摂社「玉列神社(たまつらじんじゃ)」が鎮座しています。
御祭神は大物主大神の御子神である玉列王子神(たまつらおうじのかみ)。『延喜式』神名帳にも記載される歴史ある神社で、産業を興し、人々の暮らしを守る神として信仰されてきました。
古くから「玉椿大明神(たまつばきだいみょうじん)」とも称され、椿との縁が深い神社です。境内には約200種500本もの椿が植えられ、「玉列のつらつら椿」として親しまれています。
毎年3月には「椿まつり」が行われます。さまざまな種類の椿が神前に供えられ、椿の花を天冠に挿した巫女による神楽「浦安の舞」が奉奏されます。境内を彩る椿とともに、玉列神社ならではの春の風景を見ることができます。
また、玉列神社では「御砂」も信仰を集めています。金色に輝く砂で、商売繁盛をはじめ、土地や家屋のお祓いなどに用いられています。

摂社「神御前神社」

大神神社の北西、三輪山を望む茅原の地には、摂社「神御前神社(かみのごぜんじんじゃ)」が鎮座しています。
御祭神は倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)。第7代孝霊天皇の皇女で、大物主大神の神意を受けて崇神天皇を助けた、巫女的な性格を持つ女性として『日本書紀』に登場します。
『日本書紀』には、大物主大神が倭迹迹日百襲姫命のもとへ夜ごと通い、夫婦となった神婚説話も記されています。しかし大物主大神が昼間に姿を現した際、その正体が小さな蛇であることを知った姫は驚きます。大物主大神はそれを恥じて三輪山へ帰り、悲しんだ姫は命を落としたと伝えられています。
その倭迹迹日百襲姫命の墓とされるのが、神御前神社の西方に位置する箸墓古墳です。『日本書紀』では、昼は人が造り、夜は神が造ったと記される巨大な前方後円墳です。
倭迹迹日百襲姫命については、強い巫女的性格を持つことや箸墓古墳との関係などから、邪馬台国の女王・卑弥呼に比定する説もあります。ただし、これは確定したものではなく、古代史における説のひとつです。
神御前神社が鎮座する茅原は、崇神天皇が百官を率いて八百万の神々を祀った「神浅茅原(かむあさちがはら)」の伝承地ともされています。
また、かつて元日に行われる大神神社の「繞道祭」で八社を巡拝していた時代には、最後に祭儀が行われる神社でもありました。
三輪山、大物主大神、倭迹迹日百襲姫命、そして箸墓古墳。大神神社を取り巻く古代の信仰と伝承を色濃く残す摂社です。
神御前神社 社殿Saigen Jiro (wikipedia CC0)
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摂社「綱越神社」

大神神社の大鳥居南側、一の鳥居へと続く参道入口には、摂社「綱越神社(つなこしじんじゃ)」が鎮座しています。地元では「御祓(おんぱら)さん」と呼ばれ親しまれています。
御祭神は祓戸大神(はらえどのおおかみ)。『延喜式』神名帳にも記載される式内社で、859年(貞観元年)には従五位下の神階を授けられた記録が残る古社です。
古くから旧暦6月晦日に夏越の大祓が行われてきた神社で、「綱越」という社名も「夏越」が転訛したものと考えられています。
大神神社の祭祀とも深い関係があります。かつて大神祭の前日には、神主以下の奉仕員が初瀬川で禊を行い、さらに綱越神社で祓いを受けて身を清めた後、大神祭の神事に奉仕したと伝えられています。祓いを司る神社として、大神神社の祭祀を支えてきた摂社です。現在、綱越神社を代表する祭典となっているのが、夏の「おんぱら祭」です。
7月30日の宵宮祭に始まり、31日には綱越神社例祭、8月1日には祭りの無事を感謝する後宴祭が行われます。例祭では夏の無病息災や延命長寿を祈願し、神馬引きや茅の輪くぐりが行われます。
祭りの期間中にはさまざまな神賑行事も行われ、「おんぱら祭」の名で親しまれる三輪の夏を代表する祭りとなっています。
普段は大神神社の大鳥居近くに静かに鎮座する小さな神社ですが、「おんぱらさん」の名とともに、古くから三輪の人々の祓いと夏越を担ってきた摂社です。
綱越神社 社殿Saigen Jiro (wikipedia CC0)

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