有名度
関脇大神神社
おおみわじんじゃ
奈良県桜井市三輪1422
三輪の七本杉
更新日:2026年9月29日
三輪山信仰を伝える七本の神杉
大神神社の境内には多くの杉が生えています。三輪山では古くから杉が神聖な木として大切にされ、その中でも特に知られてきたのが「三輪の七本杉」です。七本杉とは、衣掛杉(ころもがけのすぎ)、しるしの杉、おだまき杉、燈明杉、二本杉、飯杉、伐掛杉の7本。古くから三輪の神杉として信仰され、古図などにもその姿が記されています。
しかし、長い年月の中で多くが失われ、現在も根株が残されているのは衣掛杉、しるしの杉、おだまき杉の3本です。それぞれ覆屋などで大切に保存され、三輪山信仰の歴史を現在に伝えています。
衣掛杉
拝殿へ向かう石段の右側に残されているのが「衣掛杉」です。現在は根株だけですが、周囲約10メートルにも及び、かつて巨大な杉であったことが分かります。1857年(安政4年)に落雷によって折れ、その後腐朽したため根株が掘り起こされ、現在の姿で保存されています。
衣掛杉は、三輪明神を題材とした能の名曲「三輪」ゆかりの杉としても知られています。

ある秋の日、女は寒さをしのぐための衣を玄賓に求めます。玄賓が衣を与えて住まいを尋ねると、女は三輪山の麓に住んでおり、杉の立つ門を目印に訪ねてほしいと言い残して姿を消しました。
やがて三輪の里人が、神木の杉に玄賓の衣が掛かっているのを見つけます。玄賓が杉のもとを訪れると、そこに自ら与えた衣が掛けられていました。
すると杉の木陰から女の姿をした三輪明神が現れます。三輪明神は玄賓に三輪の神婚説話を語り、さらに天岩戸の神話を語りながら神楽を舞います。そして夜が明けると、すべては夢のように消えていったという物語です。
この物語で玄賓の衣が掛かっていた神木と伝えられるのが「衣掛杉」です。現在は巨大な根株だけとなっていますが、能「三輪」の世界を実際の境内で感じられる場所となっています。
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しるしの杉
参道脇にある手水舎の北側には、「しるしの杉」と呼ばれる大きな杉の古株が残されています。衣掛杉と同じように覆屋の中で保存されています。「しるし」とは神の霊験や示現を意味し、三輪の大神が現れた杉、神の坐す杉として大切にされてきました。

大神神社では現在も杉と神様との結びつきが非常に深く、御祭神・大物主大神の化身とされる白蛇が棲む「巳の神杉」や、酒造りの守護として全国の酒蔵に掲げられる杉玉などにも、その信仰を見ることができます。
おだまき杉
大直禰子神社の入口脇には、「おだまき杉(緒環杉)」と呼ばれる杉の古株が残されています。この杉には、『古事記』に記された大物主大神と活玉依姫(いくたまよりひめ)の神婚説話にまつわる伝承があります。
活玉依姫のもとには、毎夜、素性の分からない美しい男性が訪れていました。やがて姫が身ごもったため、不審に思った両親は男性の正体を確かめようとします。
そこで糸巻きの麻糸を針に通し、男性の衣の裾に刺すよう姫に教えました。翌朝、その糸は戸の鍵穴を通って外へと続き、糸巻きにはわずか三勾(みわ)だけが残っていました。糸をたどっていくと三輪山へと至り、男性の正体が大物主大神であったことが分かります。
この「三勾」の糸が残ったことから、この地を「美和」、のちに「三輪」と呼ぶようになったという地名由来の伝承にもつながっています。

また、この物語は大神神社の祭祀にとって非常に重要な大田田根子命の出自を語る物語でもあります。大田田根子命は大物主大神のご子孫とされ、崇神天皇の御代に大物主大神を祀る祭主となった人物です。
江戸時代にはすでに名木として文献に記されていましたが、その後枯れ、現在は根株だけが大切に保存されています。
三輪の七本杉のうち現存する3本は、単なる古木の跡ではありません。衣掛杉には三輪明神と玄賓の物語、しるしの杉には神の示現、おだまき杉には大物主大神の神婚説話が伝わり、三輪山で杉そのものが神聖視されてきた歴史を今に伝えています。
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