摂社 大直禰子神社 | 大神神社 - 神社ファン

有名度

関脇

大神神社

おおみわじんじゃ

奈良県桜井市三輪1422

摂社 大直禰子神社

更新日:2025年7月17日

大物主大神のご神孫をお祀りする神社

御本社から北西の方角には、摂社「大直禰子神社(おおたたねこじんじゃ)」が鎮座しています。大物主大神のご神孫で、大神神社の初代神主である大直禰子命をお祀りしている神社です。別名「若宮社」とも呼ばれています。歴史は古く、第13代成務天皇の時代に、夢のお告げによって大三輪大友主が創祀したと伝わります。
大直禰子神社 鳥居
大直禰子神社の特徴のひとつに、お寺の御本堂のような本殿様式があげられるのではないでしょうか。桁行五間、梁間五間の大きさで、入母屋造、屋根は本瓦葺です。内陣と外陣に分かれており、内陣は奈良時代、外陣は鎌倉前期に建てられました。1901年(明治34年)には国の重要文化財に指定された貴重な建物です。
実は大直禰子神社は、明治時代に起こった神仏分離まではお寺として信仰されてきた歴史を持ちます。奈良時代、神仏習合の思想により神社の境内には神宮寺が造られるようになりました。大神神社でもいくつかの神宮寺が造られ、その中のひとつに大神寺(おおみわでら)があります。大直禰子神社の本殿は、この大神寺の遺構です。柱の一部は奈良時代のものだと言われています。その後、1285年の鎌倉時代に叡尊上人(えいそんしょうにん)によって大規模な改修が行われました。その際に寺名も大御輪寺(だいごりんじ)に改められたそうです。
大直禰子神社 社殿

聖林寺の十一面観音像

神仏習合時代、大御輪寺では御本尊「十一面観音像」がお祀りされていました。760年代に造られたと伝わる仏像で、願主は天武天皇の孫である智努王だと言われています。十一面観音像のまわりには四天王をはじめ沢山の仏像が並び立ち、背面には薬師如来一万体が描かれた板絵が飾られ、荘厳な雰囲気の中お祀りされていたのだそうです。
しかし明治時代に起こった廃仏毀釈を免れるため、1868年5月16日に大御輪寺と関係の深い聖林寺に移されたといわれています。
聖林寺663highland(wikipedia CC 表示 2.5)
聖林寺は大神神社より南方、車で20分ほどの場所に位置します。創建は古く、712年の奈良時代に談山妙楽寺の別院として建てられたと言われています。その後何度か火災に遭い伽藍が焼失しましたが、江戸時代中期に大神神社の神宮寺のひとつである平等寺の僧侶「玄心律師」が再興したのだそうです。
現在、十一面観音像は境内の観音堂でお祀りされています。天平時代の傑作と名高く、1951年(昭和26年)には国宝に指定されました。ご興味のある方は聖林寺にも訪れてみてはいかがでしょうか。

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

大神神社の人気記事

  • 大神神社 なで兎
    なで兎

    この記事を1人が評価

  • 画像募集中
    三卯大祭

    この記事を0人が評価

  • 大神神社 夫婦岩
    夫婦岩

    この記事を0人が評価