檜原神社 | 大神神社 - 神社ファン

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関脇

大神神社

おおみわじんじゃ

奈良県桜井市三輪1422

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檜原神社

更新日:2026年9月29日

天照大御神を宮中から初めて遷した「元伊勢」

御本社から山の辺の道を北へ30分ほど歩いた先に、大神神社の摂社「檜原神社(ひばらじんじゃ)」が鎮座しています。
大神神社と同じように本殿を持たない神社で、境内奥には独特な形をした三ツ鳥居が建てられ、その奥の神域で天照大御神をお祀りしています。
御祭神は皇祖神・天照大御神(あまてらすおおみかみ)。檜原神社は、天照大御神が宮中から初めて遷され、お祀りされた場所と伝えられることから「元伊勢」と呼ばれています。
檜原神社 鳥居と社殿Saigen Jiro (wikipedia CC0)
その始まりは第10代崇神天皇の御代にさかのぼります。それまで宮中でお祀りされていた天照大御神を皇女・豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)に託して遷し、「磯城神籬(しきひもろぎ)」を立ててお祀りした場所が「倭笠縫邑(やまとかさぬいのむら)」です。その倭笠縫邑の伝承地とされているのが檜原神社です。
その後、天照大御神はよりふさわしい鎮座地を求めて各地を巡り、豊鍬入姫命からその役目を引き継いだ倭姫命によって、第11代垂仁天皇の御代に伊勢へ鎮座したと伝えられています。これが現在の伊勢神宮内宮へとつながる鎮座伝承です。
天照大御神が伊勢へ遷った後も、その御蹟を尊崇して檜原神社では引き続き天照大御神をお祀りしてきました。そのため、伊勢へ至る信仰の始まりの地として「元伊勢」の名が現在まで伝えられています。

本殿を持たない「三ツ鳥居」

檜原神社を象徴するのが、境内奥に建つ「三ツ鳥居」です。大神神社の三ツ鳥居と同じく、中央の鳥居の左右に小さな鳥居を組み合わせた独特な形をしています。
室町時代以来の古図には、檜原神社にも本殿は描かれず、三ツ鳥居と拝殿、石壇が設けられ、その前方左右には末社、さらに御供所などが描かれています。現在とは異なる境内の姿でありながら、本殿を設けずに神を祀る檜原神社の古い信仰の形を見ることができます。
その後、三ツ鳥居などの建物は失われ、一時は二基の石燈籠などを残す状態となっていました。
1965年(昭和40年)10月、伊勢神宮の旧内宮外玉垣東御門の古材を譲り受け、古儀に倣って三ツ鳥居が復元されました。
さらに復元から約50年が経過して風雨による傷みが進んだため、2015年(平成27年)には再び伊勢神宮から古材を譲り受けて建て替えられました。使用されたのは、第62回神宮式年遷宮に伴う別宮・倭姫宮の参道鳥居の古材です。同年11月28日には竣工奉祝祭が行われました。
天照大御神を宮中から初めて遷したと伝わる「元伊勢」の三ツ鳥居が、時代を経て伊勢神宮から譲られた古材によって復興されているところにも、檜原神社と伊勢との深い縁を感じることができます。
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二上山を望む「三輪の檜原」

檜原神社は歴史だけでなく、その眺望も大きな見どころです。
境内入口から西を眺めると、注連縄越しのほぼ真西に二上山を望むことができます。春分・秋分の頃には、夕日が二上山の雄岳と雌岳の間へ沈み、大和を代表する美しい夕景を見ることができます。
檜原周辺は『万葉集』にも「三輪の檜原」と詠まれ、山の辺の道を代表する歌枕となった場所です。西へ続く檜原台地からは大和国中を広く見渡すことができます。
現在でも注連縄越しに二上山を望む景観は「奈良県景観資産」に登録されています。天照大御神を祀った古代の聖地だけでなく、万葉の時代から続く大和の景観を楽しめることも、檜原神社の大きな魅力です。
二上山

天照大御神に仕えた「豊鍬入姫宮」

三ツ鳥居に向かって左側には、大神神社の末社「豊鍬入姫宮(とよすきいりひめのみや)」が鎮座しています。
御祭神は第10代崇神天皇の皇女・豊鍬入姫命です。崇神天皇から天照大御神を託され、倭笠縫邑に磯城神籬を立ててお祀りした、檜原神社の創祀伝承に欠かせない皇女です。
その御功績を称え、1986年(昭和61年)11月5日に豊鍬入姫宮が鎮斎されました。
檜原神社を訪れた際は、三ツ鳥居だけでなく豊鍬入姫宮にも参拝しておきたいところです。宮中から天照大御神を遷した檜原神社の由緒と、後に伊勢へとつながっていく鎮座伝承をより深く感じることができます。
豊鍬入姫宮 社殿Saigen Jiro (wikipedia CC0)

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