村屋坐彌冨都比賣神社 - 神社ファン

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村屋坐彌冨都比賣神社

むらやにいますみふつひめじんじゃ

奈良県磯城郡田原本町蔵堂426

奈良県磯城郡田原本町蔵堂426

鳥居と本殿

Zeter114514(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

村屋坐彌冨都比賣神社以外にも 村屋神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 家庭
村屋坐彌冨都比賣神社には

「恋愛系」「仕事系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

縁結びの神 家内安全の神 商売繁盛の神

御祭神

主神

三穂津姫命 みほつひめのみこと

配祀神

大物主命 おおものぬしのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

大神系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

村屋坐彌冨都比賣神社は奈良県磯城郡田原本町に鎮座する神社。御祭神は三穂津姫命、大物主命の2柱をまつる。
社格は式内であり、旧県社。
創建年代は詳らかではないが、古代にはすでに朝廷祭祀の体系に組み込まれていた。『日本書紀』には壬申の乱の際、村屋神が大海人皇子方の大伴吹負に神託を与えたことが記され、その功により神階を授けられたと伝わる。朝廷からの神封寄進は『大倭国正税帳』や『新抄格勅符抄』にも見え、『延喜式』では月次・相嘗・新嘗の奉幣にあずかる大社として位置づけられた。さらに天安3年(859年)には従五位下から従五位上へ進んだ記録が残り、古代を通じて公的祭祀の対象であり続けたことがうかがえる。
中世以降は森屋社とも称され、近隣の村々から厚い尊崇を集めた。社伝では白鳳6年(677年)に天武天皇が行幸し、森の中の屋に籠られた故事により森屋の社と称したと伝える。近世には兵火によって社殿や神事の継承が一時途絶えたが、慶長4年(1599年)に五代守屋重亦が氏子とともに再興し、現在へ続く信仰の基盤が整えられたとされる。壬申の乱に関わる伝承を持つ古社として、地域の歴史の中核をなしてきた存在である。
社殿は本殿が流造で、境内の森はイチイガシを主体とする社叢として県指定天然記念物となっている。境内には拝殿や本殿のほか、摂社群や万葉歌碑が配され、古社の景観を現在に伝えている。祭事は2月11日の祈年祭・御田祭、6月30日の夏越大祓、10月の秋季例大祭、11月23日の新嘗祭などがあり、なかでも秋季例大祭では神楽が奉納される。これらの祭礼は、古代以来の信仰が現在まで連続していることを示している。
  • 県社
  • 式内社(大)
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

情報募集

例祭

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文化財

村屋神社の社そう
田原本町 指定文化財
文化財種別不明 文化財指定日不明

建築

本殿 流造

神紋

情報募集

出典
公式サイト
http://www.murayajinja.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E5%B1%8B%E5%9D%90%E5%BC%A5%E5%86%A8%E9%83%BD%E6%AF%94%E5%A3%B2%E7%A5%9E%E7%A4%BE
田原本町
https://www.town.tawaramoto.nara.jp/kanko/bunkazai/shitei/index.html
奈良県神社庁
https://www.naraken-jinjacho.jp/