三穂津姫 神社の神様 - 神社ファン

三穂津姫

みほつひめ

  • 神話・伝説
  • 女神・女性
三穂津姫

表記なし

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三穂津姫とは?

三穂津姫は『日本書紀』に登場する女神である。三穂津姫命、三保津姫命、美保津姫命などとも表記される。『古事記』には登場せず、『日本書紀』でも本文ではなく神代下第九段の一書にその名がみえる。タカミムスビの娘で、国譲りの後に大物主神の妻となった。『日本書紀』の一書では、葦原中国の平定後、大物主神と事代主神が八十万神を率いて帰順した。タカミムスビは大物主神に対し、自らの娘である三穂津姫を妻として与え、もし国津神を妻とすれば心に疑いがあると考えるとして、三穂津姫を妻として八十万神を率い、皇孫を永く守るよう命じた。三穂津姫はこの場面にのみ登場し、その後の具体的な事績は記されていないが、天津神と国津神を結ぶ女神として重要な位置を占めている。
後世には農耕や稲穂に関わる女神としても信仰され、高天原から稲穂を持って降り、人々に農耕を広めたとする伝承も伝えられている。これは記紀に記された神話ではなく、美保神社などに伝わる後世の神社伝承である。神名についても「穂」と結びつけて稲穂の神とみる説や、美保などの地名との関係を考える説などがあり、その由来は確定していない。
また、神社の祭神伝承では三穂津姫を大物主神の后神とする場合と、大国主神の后神とする場合がある。『日本書紀』の該当する一書では大物主神の妻とされているが、『日本書紀』には大物主神を大国主神の別名とする伝承もあり、後世の信仰では両神が重ねられることもあった。こうした神格の展開に伴い、三穂津姫も大国主神の后神として祀られるようになったと考えられている。
三穂津姫は農耕や五穀豊穣をはじめ、夫婦和合、縁結び、安産、子孫繁栄などの神徳で信仰されている。代表的な神社に島根県松江市の美保神社、京都府亀岡市の出雲大神宮、奈良県磯城郡田原本町の村屋坐彌冨都比賣神社などがある。

エピソード

国譲りの後に大物主神と結ばれる
三穂津姫が登場するのは、『日本書紀』神代下第九段一書第二の国譲りに続く場面である。大国主に当たる大己貴神が国を譲って幽界へ退いた後、大物主神と事代主神は八十万神を率いて高天原へ上り、帰順の意思を示した。そこでタカミムスビは、大物主神が国津神を妻とするなら、なお天つ神に隔意を抱いていると疑うであろうと告げ、自らの娘である三穂津姫を妻として与えた。
この婚姻は、男女の出会いや恋愛として描かれたものではない。三穂津姫の言葉や意思、婚姻後の生活も記されておらず、国譲りを完結させる政治的、祭祀的な結びつきとして語られている。天津神の娘と国津神の代表的な存在が夫婦となることで、天上の神々と地上の神々の関係が結び直されたのである。
三穂津姫は物語のなかで行動を詳しく語られる女神ではないが、その存在は国譲り後の秩序を支える重要な位置に置かれている。大物主神への監視や服従の証しという面を持つ一方、異なる神統を婚姻によって結び、皇孫を守る体制へ組み込む役割も担う。この神話が、後世に三穂津姫を夫婦和合や縁結びの神とする信仰へつながったと考えられる。

出典・参考:『日本書紀』神代下第九段一書第二、坂本太郎ほか校注『日本書紀 上』、村屋坐彌冨都比賣神社「三穂津姫命」



八十万神を率いて皇孫を守る
タカミムスビは三穂津姫を大物主神の妻としたうえで、大物主神に八十万神を率い、永く皇孫を守るよう命じた。大物主神はこの命を受け、諸神とともに地上へ降ったと『日本書紀』の一書は伝える。三穂津姫の婚姻は、国譲り後の神々を新しい秩序へ導く命令と一体になっている。
ここでいう皇孫は、天孫降臨によって葦原中国を治めるニニギとその子孫を指す。国津神を排除するのではなく、大物主神を八十万神の統率者として皇孫の守護へ参加させ、その結びつきをタカミムスビの娘との婚姻によって確かなものにする構成である。三穂津姫は天津神と国津神の間をつなぐ女神であり、その婚姻によって地上の神々が皇孫を守る体制が成立したことになる。
ただし、三穂津姫自身が八十万神を率いた、あるいは地上で皇孫を直接守護したとは記されていない。命を受けた主体は大物主神である。三穂津姫の役割は、その大物主神と天津神側を婚姻によって結ぶことにある。このため、三穂津姫を単なる大物主神の妻としてだけではなく、国譲りから天孫降臨へ移る場面で、天と地の神々の関係を結び直した女神として捉えることができる。

出典・参考:『日本書紀』神代下第九段一書第二、小島憲之ほか校注・訳『日本書紀1』



稲穂を携えて農耕を広めた女神
『日本書紀』は三穂津姫の出自と婚姻を記すだけで、稲作や農耕に関する働きには触れていない。しかし美保神社をはじめとする後世の神社信仰では、三穂津姫は高天原から稲穂を持って降り、人々に農耕を広めた女神と伝えられている。この伝承によって、三穂津姫は五穀豊穣と子孫繁栄を守る農業神として崇敬されるようになった。
三穂津姫の神名についても、美保の土地に関係する女神とみる説のほか、ミホを美しい稲穂や豊かな稲穂と解釈する説がある。ただし、『日本書紀』は神名の由来を説明しておらず、稲穂を意味するという解釈を古典上の確定した語源とすることはできない。稲穂を携えて降臨したという伝承も、神名の穂の字や農耕神としての信仰から形成されたものと考えられる。
それでも、この伝承は現在の三穂津姫信仰を理解するうえで欠かせない。稲作は人々の生命を養うだけでなく、種を受け継ぎ、毎年新たな実りを生み出す営みである。そのため三穂津姫の神徳も、五穀豊穣から安産、子孫繁栄、家庭の繁栄へと広がった。記紀に詳しい事績を持たない女神が、各地の祭祀のなかで人々の暮らしを支える農耕神へ成長した例である。

出典・参考:『日本書紀』神代下第九段一書第二、出雲国神仏霊場「美保神社」、島根県神社庁「美保神社」



大物主神と大国主神のどちらの后なのか
『日本書紀』神代下の一書では、三穂津姫の夫は大物主神である。一方、美保神社や出雲大神宮では、三穂津姫を大国主の后神として祀っている。神社によって夫神の名が異なるため、三穂津姫には二柱の異なる夫がいたようにも見えるが、これは大物主神と大国主神の関係に対する理解の違いから生じたものである。
『日本書紀』の一書には、大己貴神の幸魂奇魂《さきみたまくしみたま》が大物主神として祀られたとする伝承がある。両神は常に完全な同一神として描かれるわけではないものの、非常に密接な関係を持つ。このため、後世の神社信仰では大物主神を大国主神の別の神格、あるいは同体の神として捉え、三穂津姫を大国主神の后とする祭神伝承が成立した。
奈良県の村屋坐彌冨都比賣神社と金刀比羅宮三穂津姫社では、『日本書紀』の記述に沿って三穂津姫を大物主神の后とする。京都府の出雲大神宮では大国主命と三穂津姫命を夫婦神として祀り、縁結びや夫婦円満の信仰を伝えている。どちらか一方が単純な誤りなのではない。古典上は大物主神の妻、現在の神社信仰では大物主神または大国主神の后という区別を示すことで、三穂津姫の信仰が広がってきた過程を理解できる。

出典・参考:『日本書紀』神代上第八段一書第六・神代下第九段一書第二、出雲大神宮「御祭神」「由緒」、村屋坐彌冨都比賣神社「三穂津姫命」、金刀比羅宮「三穂津姫社」



美保神社で事代主神と並ぶ女神
島根県松江市の美保神社では、三穂津姫命と事代主神を主祭神として祀る。本殿は大社造の社殿を左右に並べて連結した特殊な形式で、美保造または比翼大社造と呼ばれる。向かって左側の左殿に三穂津姫命、右側の右殿に事代主神が鎮まり、二柱が美保の地の暮らしと生業を守っている。
三穂津姫命は農業と子孫繁栄を守る神、事代主神は漁業、海運、商業を守るえびす神として信仰される。島根県神社庁が挙げる美保神社の神徳も、五穀豊穣、子孫繁栄、海上安全、大漁満足、商売繁盛であり、農と海の両方を支える祭神構成になっている。現在の美保神社では二柱が並んで祀られるが、『日本書紀』は三穂津姫と事代主神を夫婦とはしていない。
美保神社は『出雲国風土記』に美保社として記される古社だが、同書には現在の祭神名は示されていない。三穂津姫命と事代主神を祀る現在の信仰は、古くからの美保の土地神信仰に、国譲り神話や農耕、漁業、えびす信仰が重なって形成されたものである。三穂津姫はここで大物主神の后という立場にとどまらず、美保の農耕と人々の繁栄を直接守る主祭神として崇敬されている。

出典・参考:『出雲国風土記』島根郡条、島根県神社庁「美保神社」、出雲国神仏霊場「美保神社」、松江市「市勢概要」



壬申の乱で軍勢の接近を告げた村屋神
奈良県磯城郡田原本町の村屋坐彌冨都比賣神社は、三穂津姫命と大物主神を祀り、大神神社の別宮とも呼ばれる。正式な社名にある彌冨都比賣神《みふつひめのかみ》は三穂津姫と同じ神とされ、夫婦和合や縁結び、家内安全の信仰を集めている。
『日本書紀』によれば、壬申の乱が起きた天武天皇元年、村屋神が神主に憑依し、自らの社の中を通る道から敵軍が来るため、その道を防ぐよう大海人皇子側の将軍へ告げた。将軍たちが守りを固めると、実際に敵軍が現れたという。勝利後、天武天皇は村屋神を含む神々の位を上げ、祭祀を行った。
ただし、『日本書紀』がこの神を三穂津姫と明記しているわけではなく、村屋神と記している。村屋坐彌冨都比賣神社の祭神伝承によって、後世にこの村屋神が三穂津姫と結びつけられたものである。国譲り神話では皇孫を永く守る体制を成立させた女神が、村屋の信仰では軍勢の接近を知らせて天皇方を守る神として現れる。古代国家の守護に関わる三穂津姫の性格が、具体的な土地の神託伝承として受け継がれた例である。

出典・参考:『日本書紀』天武天皇元年7月条、奈良県「村屋坐弥冨都比賣神社」、村屋坐彌冨都比賣神社「三穂津姫命」、奈良県観光公式サイト「あをによし なら旅ネット」



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出典文献

日本書紀

先代旧事本紀

延喜式

ご神徳

五穀豊穣 夫婦和合 安産祈願 子孫繁栄

別称・異称

三穂津姫

みほつひめ

日本書紀

三穂津姫命

みほつひめのみこと

先代旧事本紀

弥富都比売神

みふつひめのかみ

延喜式

三保津姫命

みほつひめのみこと

その他

三穂津比売命

みほつひめのみこと

その他

美保津姫命

みほつひめのみこと

その他

祀られている主な神社

出雲大神宮
(京都府亀岡市千歳町千歳出雲)
美保神社
(島根県松江市美保関町美保関608番地)
村屋坐彌冨都比賣神社
(奈良県田原本町蔵堂426)
諏訪神社
(福島県富岡町本岡字本町西180)
久下田神社
(茨城県八千代町久下田169番地)