伊射奈岐神社 奈良県 - 神社ファン

有名度

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伊射奈岐神社

いざなぎじんじゃ

奈良県天理市柳本町1899

奈良県天理市柳本町1899

鳥居と社殿

Jerry fish tkc(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(柱)」

です。
他に 「天満・天神系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

伊射奈岐神社は奈良県天理市に鎮座する神社。御祭神は伊邪那岐神、菅原道真の2柱をまつる。
社格は式内社であり、旧村社。
歴史は現在もなお全貌が明らかになっているわけではないが、『延喜式神名帳』に載る城上郡の伊射奈岐神社に比定され、古代には公的祭祀の対象となっていたと考えられる。さらに『三代実録』貞観元年(859年)1月27日の神階記事に関係する神とされ、早い段階から朝廷との関わりを持つ古社として認識されていた。
中世には楊本天神・楊本天満宮とも称され、柳本の総鎮守として地域信仰の中心を担った。もとは南東の山田垣内に鎮座していたと伝えられるが、文明年間には現在地に移っていたことが記録から確認できる。寛正2年(1461年)には大乗院門跡尋尊が参詣し、天文22年(1553年)には三条西公条も訪れている。さらに天文24年(1555年)には後奈良天皇の綸旨が下され、神事の時期が定められるとともに皇室再興の祈願が行われた。
江戸時代には柳本藩主織田氏の庇護を受け、柳本藩社としての性格を持った。地域の鎮守であると同時に藩との結びつきのなかで社の地位を保ち、祭礼も継続された。古い神事としては8月10日に行われた祭礼が知られ、神楽料が支給されていたほか、明治初期までは7種の御供を調えて渡御する祭礼が行われていたと伝わる。また元亀2年(1571年)作とされる御供用板木の存在も記録されている。
現在の伊射奈岐神社は大和天神山古墳の上に鎮座し、境内そのものが古墳と重なる特異な立地を持つ。天理市指定文化財として大和天神山古墳が史跡に指定されており、本殿は春日造で、社殿背後には古墳の地形がそのまま残る。境内には厳島・秋葉・春日・八坂・建勲・事代主・琴平・稲荷・太神宮などの諸社が祀られており、例祭は10月15日に行われる。古代から中世、近世へと連続する信仰の蓄積と、古墳の地形をそのまま取り込んだ景観が現在まで受け継がれている。
  • 村社
  • 式内社(小)
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神社詳細

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文化財

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建築

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神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E5%B0%84%E5%A5%88%E5%B2%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%A4%A9%E7%90%86%E5%B8%82)
奈良県神社庁
https://www.naraken-jinjacho.jp/