有名度
関脇石上神宮
いそのかみじんぐう
奈良県天理市布留町384
禁足地・神庫
更新日:2026年5月28日
禁足地
禁足地は、拝殿後方に広がる石上神宮で最も神聖な場所です。御神体が鎮まる霊域として、古くから「石上布留高庭(いそのかみふるのたかにわ)」「御本地(ごほんち)」「神籬(ひもろぎ)」などと呼ばれ、深い畏敬を集めてきました。禁足地は東西44.5m・南北29.5m、面積約1300㎡に及び、「布留社」と刻まれた剣先状の石瑞垣で囲まれています。現在の広さになったのは本殿建立時で、それ以前は南側約800㎡の範囲のみでした。
石上神宮では1913年(大正2)に現在の本殿が建立されるまで、本殿そのものが存在せず、この禁足地が祭祀の中心でした。御神体である神剣・韴霊(ふつのみたま)は禁足地の土中に埋斎されていると伝えられ、古代から神聖な霊域として立ち入りが禁じられてきました。
転機となったのが、1874年(明治7)に行われた禁足地の調査です。「御神体である神剣・韴霊が禁足地の土中に祀られている」という伝承をもとに、大宮司・菅政友によって発掘調査が行われました。その結果、剣・鉾・勾玉・鏡など多数の神宝が出土し、御神体・韴霊も顕現したと伝えられています。また、後に国宝となる七支刀(しちしとう)をはじめ、多くの出土品が重要文化財に指定されています。
本殿建立に際しては禁足地が北側へ拡張され、拝殿西側にあった神庫(ほくら)も禁足地内へ移築されました。本殿と拝殿の間には、神剣・韴霊が顕現した場所を示す目印の石も置かれています。
また、明治時代初期までは、禁足地中央に高さ約85cmの高まりがあり、「かなめの木」と呼ばれるアカメモチが一株植えられていたと伝えられています。
現在も禁足地は石上神宮最大の聖域として厳重に守られており、一般の立ち入りは禁止されています。古代祭祀の姿を今に伝える、石上神宮信仰の中心地となっています。

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神庫
禁足地の南西に建つ神庫は、垂仁天皇紀にその名が見られることから、かなり古い時代に建てられたと考えられています。1851(嘉永4)年に再建された現在の神庫は、もとは禁足地の外側、拝殿の西隣に建っていました。本殿建立に伴い、1912(明治45)年に現在の地に移築されたといわれています。
石上神宮の御神宝である七支刀(しちしとう)や鉄盾(てつたて)は、この神庫に収蔵されていましが、現在は宝物収蔵庫に安置されています。
1年の終わりの日である12月31日の午後、「神庫祭」が斎行されています。
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