有名度
大関春日大社
かすがたいしゃ
奈良県奈良市春日野町160
春日祭
更新日:2026年9月27日
春日大社の例祭
春日大社では毎年3月13日に例祭「春日祭」が行われます。嘉祥2年(849)に始まったとされる、1200年以上の歴史を持つ祭典です。天皇陛下の御名代である勅使を迎え、国家の安泰と国民の繁栄を祈願します。京都の葵祭、石清水八幡宮の石清水祭とともに「日本三大勅祭」のひとつに数えられる、春日大社を代表する重要な祭典です。
かつては旧暦2月と11月の上の申の日に行われていたことから、別名「申祭(さるまつり)」とも呼ばれています。明治時代以降は新暦の3月13日に行われるようになりました。
春日大社によると、嘉祥2年(849)には朝廷から斎女(内侍)が出発し、賀茂川で潔斎したのち、童女や大臣、神祇官など総勢約2,000人もの行列が春日大社へ参向したと伝えられています。
春日祭の神事の多くは回廊内で行われるため、一般の参拝者は拝観することができません。春日祭当日は開門から13時頃まで回廊内へ入ることができませんが、参道で行われる祭事については二の鳥居前から見ることができます。
春日祭当日のながれ
3月13日の春日祭は、9時から行われる「御戸開之儀」から始まります。勅使を迎えるのに先立って御本殿の御扉を開き、祭典の準備が整えられます。10時になると「勅使参向之儀」が始まります。勅使をはじめ辨代(べんだい)や奉行代などの行列は斎館を出発し、二の鳥居へと進みます。
その後、二の鳥居近くの祓戸神社で「祓戸の儀」が行われます。勅使と辨代は中臣祓を受け、罪や穢れを祓い清めます。また春日祭では御手洗川で勅使が身を清める「手水の儀」も行われます。
さらに参道を進み、着到殿では「着到の儀」が行われます。ここでは勅使を迎え、祭典の式次第などを確認します。
あきはゆうぐれ(wikipedia CC 表示-継承 4.0)この際、勅使自ら第一殿の神前へ御棚神饌を運んで奉ります。第二殿以降には神職が神饌をお供えします。勅使自身が神饌を神前へ奉る古式の作法は、春日祭ならではの大きな特徴です。
次いで行われる「御幣物奉納(ごへいもつほうのう)」では、天皇陛下からの御幣物を神前へ奉納します。
続く「御祭文奏上(ごさいもんそうじょう)」では、勅使が天皇陛下のお言葉を伝える御祭文を奏上します。御祭文が宮司によって神前へ捧げられ、勅使との間で返祝詞が行われます。
その後は「神馬牽廻(みうまのけんかい)」が行われます。春日祭では古くから神馬も重要な役割を担っており、現在も古式に従って祭儀が続けられています。
続いて直会殿へ場所を移し、「直会の儀」が執り行われます。目の前に広がる林檎の庭では、春日祭に古くから伝えられてきた「和舞(やまとまい)」が奉奏されます。
さらに神様に供えた神饌をいただく「饗饌(きょうせん)」を経て、「見参(げざん)」が行われます。
見参では、祭典に奉仕した者の位階や名前などが確認されます。その後、奉仕者に禄を賜る「賜禄(しろく)」が行われます。
また、勅使と辨代は林檎の庭で「拝舞」の作法を行います。平安時代以来の古式を伝える作法で、勅使と辨代ではその所作が異なるとされています。
こうして勅使に関わる祭儀が終了すると、勅使以下が退出します。
その後、宮司以下の神職によって神前に奉った御幣物や御棚神饌が下げられ、御本殿の御扉が閉じられます。御神宝も元の場所へと納められ、春日祭は終了します。
現在も毎年、天皇陛下の御名代である勅使を迎え、平安時代以来の古い祭儀や作法を受け継いでいる春日祭。回廊内で行われる祭儀そのものは非公開ですが、二の鳥居付近では勅使の行列などを見ることができ、1200年以上にわたって受け継がれてきた勅祭の雰囲気に触れることができます。
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