有名度
大関春日大社
かすがたいしゃ
奈良県奈良市春日野町160
国宝殿
更新日:2026年9月27日
「平安の正倉院」とも称される春日大社
境内西側、駐車場の近くには国宝殿が建っています。春日大社が所有する354点の国宝をはじめ、重要文化財に指定されている2528点を中心に、多数の文化財を収蔵・展示する美術館です。前身となる宝物殿は、東京国立博物館東洋館や東京国立近代美術館などを手がけた建築家・谷口吉郎氏の設計によって、昭和48年(1973)に開館しました。
その後、耐震補強や収蔵・展示環境の充実を目的とした大規模な改修が行われ、平成28年(2016)10月1日に「春日大社国宝殿」としてリニューアルオープンしました。館内のインスタレーションデザインには岡安泉氏が携わっています。

なかでも特徴的なのが、御本殿や若宮神社の御神殿に納められ、神様の御料として大切に守り伝えられてきた古神宝です。御本殿に安置されていた「本宮御料古神宝類」292点、若宮神社に伝わる「若宮御料古神宝類」49点が国宝に指定されています。
若宮神社の御神宝は約900年もの間、戦乱による焼失を免れ、式年造替のたびに受け継がれてきました。現在まで残ること自体が奇跡的とされる品もあり、春日大社にしか現存していない宝物も少なくありません。
このように平安時代に制作された宝物が数多くまとまって伝えられていることから、春日大社は「平安の正倉院」とも称されています。
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春日大社が誇る宝物類
国宝殿では数多くの宝物を見ることができますが、そのなかでも日本最大級の「鼉太鼓(だだいこ)」は大きな見どころです。高さ約6.5mにもなる巨大な舞楽用の太鼓で、龍が彫られた左方・唐楽用と、鳳凰が彫られた右方・高麗楽用の2基1対となっています。
鎌倉時代初期に制作されたもので、源頼朝が寄進したとの伝承があります。春日大社には源頼朝の奉納を示す墨書も残されています。かつては「春日御蔵」とも呼ばれた興福寺唐院に舞楽面や装束などとともに保管されていましたが、明治5年(1872)に春日大社へ移管されました。
この鼉太鼓は春日若宮おん祭の舞楽で実際に使用され、昭和51年(1976)まで現役で使われていました。その後は再現された鼉太鼓が祭礼で使用されています。
平成27~30年度(2015~2018)にはオリジナルの鼉太鼓に大規模な修理と調査が行われ、その制作時期は鎌倉時代のごく初期とみて問題ないことが確認されました。治承4年(1180)の南都焼討後、南都復興に活躍した慶派仏師が制作に関わった可能性も指摘されています。

国宝殿にはほかにも、端午の節供の飾り兜のモデルとなった「国宝 赤糸威大鎧(竹虎雀飾)」や、藤原頼長が身に付けていた武具「国宝 平胡籙(ひらやなぐい)」など、春日大社を代表する宝物が収蔵されています。
赤糸威大鎧(竹虎雀飾)は鎌倉時代の作で、竹・虎・雀を中心に、藤・桐・菊・蝶などを表した華麗な飾金物が随所に施されています。頭上に大きく広がる金銅製の大鍬形も特徴で、茜で染めた威糸は現在も鮮やかな赤色を残しています。
平胡籙は矢を納めて携帯するための武具で、大治6年(1131)に藤原頼長が使用したことを示す墨書が残されています。平安時代の優れた工芸技術を現在に伝える貴重な神宝です。
これらの宝物類は常にすべてが公開されているわけではなく、国宝殿では特別展のテーマに合わせて春日大社所蔵の宝物が随時公開されています。
千年近い時を超えて伝えられてきた国宝や重要文化財を間近で見ることができ、春日大社が「平安の正倉院」と称される理由を実際の宝物から知ることができる場所です。
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