榎本神社 | 春日大社 - 神社ファン

有名度

大関

春日大社

かすがたいしゃ

奈良県奈良市春日野町160

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榎本神社

更新日:2026年9月27日

古くからこの地を守る土地神さま

御本殿の周りを囲む回廊、その西南の一角には春日大社の摂社「榎本神社」が鎮座しています。春日大社が勧請される前からこの地を守護している土地神さまで、古くから人々に信仰されてきました。
御本社が鎮座した後は奈良県桜井市の安倍山に一時遷座していましたが、承平5年(935)に再び春日大社へと帰座したと伝えられています。春日大社の参拝者は、まずこの榎本神社に訪れてから御本殿に参拝するという風習もあったそうです。
榎本神社 社殿
お社は文久年間(1861~1864)に造替されたと考えられており、春日造の一種である春日見世棚造、檜皮葺の建築です。
本殿前面の腰板壁には美しい唐獅子牡丹の絵が描かれています。令和2年度(2020)には、第60次式年造替の継続事業として榎本神社の修理が行われ、唐獅子牡丹図や瑞垣上部の花鳥を表した欄間彫刻の彩色が、幕末や明治期の絵図などをもとに塗り直されました。小さなお社ですが、鮮やかな彩色も見どころのひとつです。
御祭神は現在、猿田彦命がお祀りされています。一方、室町時代以前は巨勢姫明神という女神がお祀りされていたとされ、近世の記録にも「榎本、巨勢姫明神」と記されています。榎本神社は『延喜式神名帳』に記された「春日神社」の論社ともされており、春日大社成立以前の信仰を考えるうえでも興味深いお社です。
榎本神社 正面
また庚申信仰と結びつき、御寿命神としても信仰されてきました。無病息災を願い多くの参拝者が訪れるため、かつては神職が常駐していたともいわれています。
安永4年(1775)には宮中からも祈祷を依頼されるなど、そのご加護は広く知られていました。榎本神社は寿命を守り給う神であるとともに、現在の御祭神である猿田彦命の御神徳から導きや道開きの神としても信仰されています。現在も人生の重要な局面を迎えた際に、進むべき道の守護を願って参拝する人が多いお社です。
例祭は11月1日に行われます。
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着到殿

榎本神社前の階段下には着到殿があります。着到殿は春日祭にて重要な儀式が行われる建物です。
毎年3月13日に行われる春日祭では、天皇陛下の御名代である勅使が参向します。御本殿で行われる勅使参向之儀に先立ち、勅使が天皇陛下から託された大役と祭典の式次第を確認する「着到之儀」が、この着到殿で行われます。
着到殿
着到殿は延喜16年(916)に建立され、その後火災で失われました。現在の建物は応永20年(1413)に再建されたもので、国の重要文化財に指定されています。
桁行7間、梁間3間という大きな建物で、東端は入母屋造、西端は流造、屋根は檜皮葺という特徴的な構造です。
着到殿内側
平成23年(2011)には屋根の全面的な葺き替えが行われました。この修理では樹齢100年以上の檜から採取した17万枚以上もの檜皮が使われ、1000年以上前から受け継がれてきた伝統的な技法によって修復されています。

青龍の滝と白藤の滝

榎本神社の付近では滝を見ることもできます。
春日山から流れ出す水谷川から引かれた水は、御手洗川として回廊内を通り、榎本神社の下から流れ落ちます。この滝が「青龍の滝」です。
御手洗川の清水は古くから神前に供える御供用の水として使用され、また参拝の際に身を清める手水としても利用されてきました。神様へのお供えや参拝者の清めに欠かすことのできない水であり、春日大社の祭祀を支えてきた流れでもあります。
明治8年(1875)には、この水が参道の下を横切ってさらに南へ流れ落ちるように整備され、「白藤の滝」が造られました。
白藤の滝
その後、一時期は水が流れなくなっていましたが、近年になって元の姿へと復され、再び水が流れ落ちる様子を見ることができます。ただし水量は時期によって異なり、あまり水が見られないこともあります。
春日大社が現在地に鎮座する以前からこの地を守ってきた榎本神社、春日祭の重要な儀式が行われる着到殿、そしてその足元を流れる青龍の滝と白藤の滝。御本殿へ向かう参道沿いにありながら、春日大社の古い信仰と祭祀の歴史が凝縮された一角です。

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