有名度
大関春日大社
かすがたいしゃ
奈良県奈良市春日野町160
紀伊神社
更新日:2026年9月28日
万物の生気、命の根源を司る「紀伊神社」
奥の院道を南東に進んだ先、春日大社境内の南端には紀伊神社(きいじんじゃ)が鎮座しています。平安時代の長承2年(1133)に作成された『長承注進状』に初めて記録が残されていることから、それ以前からお祀りされていたと考えられています。春日大社の摂社であり、かつては「奥の院」または「木宮社」とも呼ばれていました。社殿は流造、屋根は檜皮葺であり、拝殿が付いているのが特徴です。

『日本書紀』には、五十猛命が多くの樹木の種を持って天降り、大屋津姫命、抓津姫命とともに日本各地へ樹木を広めたという神話が記されています。なかでも紀伊国は木々が豊かに茂る国になったとされ、3柱は樹木を司る神様として信仰されてきました。
Saigen Jiro (wikipedia CC0)境内の最も奥まった場所のひとつに鎮座しており、古くから「奥の院」と呼ばれてきたことを感じさせる静かな場所です。
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2つに割れた「伊勢遥拝石」
紀伊神社の手前には伊勢神宮遥拝所があり、そこには2つに割れた「伊勢遥拝石」が安置されています。2つの石の間が伊勢神宮の方角を向いていることから、遥か離れた伊勢神宮をお参りする遥拝石として大切にされてきました。

春日大社では鎌倉時代以降に盛んになった伊勢信仰の名残と考えられていますが、それ以前から信仰されていた磐座のひとつであった可能性も指摘されています。
龍王珠石
紀伊神社の隣には、石を積み重ねた「龍王珠石(りゅうおうじゅせき)」があります。この石群は、雨を司る龍神・善女龍王(ぜんにょりゅうおう)が強い霊力を持つ尾珠を納めた場所と伝えられています。江戸時代の『奈良名所絵巻』にも龍王珠石が描かれており、古くから信仰されてきた聖地です。
御蓋山を神山とする春日大社では、中世から龍神信仰が盛んに行われてきました。御蓋山や春日山は奈良盆地にとって重要な水源地であり、龍は黒雲を起こし、雷を鳴らして雨を降らせ、万物の命を潤す存在として信仰されてきました。
雨が少ないときには春日の龍神へ雨乞いの祈りが捧げられ、中世から近代初期まで長期間にわたって雨乞いの信仰が続けられました。室町時代には世阿弥が能『春日龍神』を作るほど、春日の龍神信仰は広く知られていました。

樹木の神々をお祀りする紀伊神社、伊勢神宮を遥拝する伊勢遥拝石、そして水と雨を司る龍神を信仰する龍王珠石。紀伊神社周辺には、春日大社の長い歴史の中で育まれてきた自然信仰、磐座信仰、伊勢信仰、龍神信仰が集まっています。奥の院道まで足を延ばした際には、紀伊神社だけでなく周囲の石にも注目してみてください。
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