御本殿・御祭神・ご利益 | 春日大社 - 神社ファン

有名度

大関

春日大社

かすがたいしゃ

奈良県奈良市春日野町160

😞 🙁 😐 🙂 😄

御本殿・御祭神・ご利益

更新日:2026年9月27日

4棟が並ぶ国宝の御本殿

春日大社の境内奥には、4棟の御本殿が南向きで鎮座しています。
御蓋山頂上の浮雲峰から春日大社の御本殿を通り、平城京の大極殿まで続く尾根線上に位置しており、御蓋山の傾斜に合わせて階段状に建てられています。
東から西へ第一殿、第二殿、第三殿、第四殿が並び、4棟とも同じ形式で建てられています。
本殿Nekosuki (wikipedia CC 表示-継承 4.0)
現在の御本殿は江戸時代末期の文久3年(1863)に造営されたもので、昭和31年(1956)に国宝に指定されました。
第一殿と第二殿の間の本殿裏側には、白い漆喰で塗り固められた純白の磐座も存在します。春日大社に残る文書にも記載がない謎の磐座で、2015年に行われた第60次式年造替の際に初めて一般公開されました。

神社建築を代表する「春日造」

春日大社の御本殿は「春日造」と呼ばれる建築様式で造られており、代表的な神社建築の形式のひとつとして知られています。
各御本殿は一間社春日造で、切妻造、妻入。優美な曲線を描く屋根は檜皮で葺かれ、正面には片流れの向拝が設けられています。
4棟の間は「御間塀(おあいべい)」と呼ばれる板塀によってつながれているのも特徴です。御間塀には古くから神馬などの絵が描かれてきました。
御本殿の鮮やかな朱色にも注目です。春日大社の御本殿には、貴重で高価な顔料である「本朱」が使用されています。本朱だけで御本殿を塗り上げるのは、日本で唯一、春日大社だけといわれています。
現在の御本殿は文久3年(1863)の建築ですが、約20年ごとに繰り返されてきた式年造替によって古くからの建築形式が守られてきました。春日造を代表する貴重な建築物として、昭和31年(1956)に国宝に指定されています。
枚岡神社の春日造り枚岡神社の春日造り I, KENPEI(wikipedia CC 表示-継承 3.0)
スポンサーリンク

御祭神・ご利益

春日大社では、4棟の御本殿それぞれに神様がお祀りされています。
第一殿の御祭神は武甕槌命(たけみかづちのみこと)、第二殿は経津主命(ふつぬしのみこと)、第三殿は天児屋根命(あめのこやねのみこと)、第四殿は比売神(ひめがみ)です。この4柱の神様は総称して「春日神」と呼ばれています。
武甕槌命は鹿島から御蓋山へ奉遷された神様で、経津主命とともに国譲り神話で活躍した武神です。
天児屋根命は藤原氏の祖神とされ、天照大神が天岩戸に隠れた際には祝詞を奏してお出ましを願った神様です。比売神は天児屋根命の妻神とされています。
神護景雲2年(768)11月9日、称徳天皇の勅命を受けた左大臣・藤原永手らによって現在地に神殿が造営され、4柱の神様がお祀りされたのが現在の春日大社の始まりと伝えられています。
藤原氏の氏神として長く信仰されてきた春日大社では、国家・国民の平和と繁栄をはじめ、出世開運、商売繁盛、学業成就、開運厄除、勝負運などのご利益があるとされています。
通常は御本殿のすぐ前まで近づくことはできませんが、御本殿特別参拝では中門前から参拝することができます。撮影禁止となっている場所もあるため、現地の案内に従って参拝してください。
本殿案内版

20年に一度行われる式年造替

春日大社では、神護景雲2年(768)の御本殿創建以来、約20年に一度「式年造替」が行われてきました。
式年造替とは、御社殿を美しく整え、御調度品を新しく調製するとともに、神様に清浄な御殿へお戻りいただくための一連の祭典です。
これまでに60回を数え、60回を超える式年造替を続けているのは伊勢神宮と春日大社のみとされています。
現在の御本殿は文久3年(1863)に建てられたものです。かつては式年ごとに御本殿の一部、あるいは全部を建て替えていましたが、明治時代以降は所領の廃止や、造替費用を負担していた江戸幕府がなくなったことなどから、建て替えではなく修理による式年造替へと変化しました。
さらに現在の御本殿は国宝に指定されているため、昔のように建物そのものを新しく建て替えることはできません。そのため、約20年ごとに建て替えに近い規模の大修理を行うことで、御本殿を次の時代へ受け継いでいます。
式年造替では檜皮葺の屋根を新しく葺き替え、古い本朱を剥がして新たに塗り直します。傷んだ部分の修理や部材の交換、御調度品の調製なども行われ、御本殿は約20年ごとに美しく蘇ります。
文久3年に建てられた御本殿でありながら、奈良時代から受け継がれてきた春日造の姿を現在まで伝えている背景には、この式年造替の伝統があります。

内侍殿

内侍殿は、もともと春日祭で御神前に奉仕する内侍と呼ばれる女性が控えた建物です。当初は宮中から藤原氏の女性が斎女として遣わされ、斎女とともに内侍も儀式に奉仕していました。斎女の制度がなくなった後も、内侍の参向は室町時代中頃まで続きました。
春日大社 内侍殿
現存する内侍殿は至徳2年~嘉慶2年(1385~1388)に建てられた室町時代前期の建築物で、明治34年(1901)に国の重要文化財に指定されています。
普段は御本殿の脇に静かに建っていますが、20年に一度の式年造替では御本社と若宮の神様がお遷りになる重要な役割を担います。御本殿とともに、長い年月にわたって春日大社の祭祀を支えてきた建物です。

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

春日大社の人気記事