有名度
大関春日大社
かすがたいしゃ
奈良県奈良市春日野町160
慶賀門
更新日:2026年9月28日
藤原氏が参入した正式な門「慶賀門」
御本社を囲む西回廊には3つの門があり、その最も南側にあるのが「慶賀門(けいがもん)」です。
慶賀門で特に注目したいのが天井です。西回廊に並ぶ清浄門・内侍門とは異なり、天井板を格子状に組んだ格天井が設けられています。古くから正式な参入門として扱われてきた慶賀門の格式を感じさせる、特別な造りです。
鳥居から始まった藤原氏の参入門
慶賀門の歴史は、現在の建物よりはるかに古くまでさかのぼります。平安時代の儀式を記した『貞観儀式』には、春日祭の参入について、西面に大臣以下の男性が参入する鳥居があったことが記されています。現在の慶賀門につながる場所には、もともと鳥居が設けられていたと考えられています。
その後、治承3年(1179)に回廊が整備された際、鳥居から四脚門へ改められたと考えられています。現在の慶賀門はその後の永徳2年~至徳2年(1382~1385)に建てられたもので、長い歴史の中で姿を変えながら、藤原氏の正式な参入門としての役割を受け継いできました。

正面には神山・御蓋山
慶賀門から正面を望むと、春日大社の神山である御蓋山を望むことができます。古くから宮中より春日大社を訪れた藤原氏の大臣や上卿は、この慶賀門をくぐって神前へ参入しました。春日大社が藤原氏の氏神として篤く崇敬されてきた歴史を、現在も実際の参拝経路として感じられる場所です。
その伝統は現在の春日祭にも受け継がれています。3月13日に行われる春日祭では宮中から天皇の御代理である勅使が参向しますが、勅使が藤原氏の場合には慶賀門から参入して祭典を奉仕します。
慶賀門は華やかな南門に比べると小さな門ですが、格天井や御蓋山を正面に望む配置、そして現在まで続く春日祭での使われ方を知ると、春日大社と藤原氏との深いつながりを象徴する重要な門であることがわかります。
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