有名度
大関春日大社
かすがたいしゃ
奈良県奈良市春日野町160
南門・出現石
更新日:2026年9月28日
春日大社最大の楼門であり正門「南門」
二の鳥居をくぐり、表参道を進んだ先の左手にある石段を上ると、鮮やかな朱塗りの南門が建っています。高さ約12mを誇る春日大社最大の楼門で、御本社を囲む南回廊の中央に位置しています。現在は表参道から御本殿へ参拝する際にくぐる、春日大社の正門です。

現在の南門がある場所には、平安時代には鳥居が建っていたと伝えられています。その後は四脚門となり、玉垣や築地塀が中院の周囲を囲んでいました。平安時代中期には藤原氏の長者や摂関が春日詣をする際の参向門として使用されました。
平安時代後期になると興福寺から回廊を造ることが求められ、治承3年(1179)頃には現在のような2階建ての楼門と回廊が成立しました。

春日祭では、勅使が藤原氏の場合は西回廊の慶賀門から入り、藤原氏以外の場合は南門から参入します。境内に残る門の使い分けからも、藤原氏の氏神として発展してきた春日大社の歴史を感じることができます。
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南門前にある神石「出現石」
南門の真正面には、柵で囲まれた小さな石があります。一見すると見落としてしまいそうですが、春日大社の信仰に深く関わる「出現石」と呼ばれる神石です。
古くから神様が降臨する神聖な磐座として祀られてきたとも、赤童子と呼ばれる若宮さまがこの場所から出現したため「出現石」と呼ばれるようになったとも伝えられています。さらに「額塚」と呼ばれる伝承も残っています。かつて南門には「鹿嶋大明神」と記された神額が掲げられていましたが、宝亀3年(772)の雷火によって神額が落下。その際にできた大きな穴へ神額を埋納し、穴を塞ぐために大きな石をかぶせたと伝えられています。現在地表に見えている石は、その一部と考えられています。
現在、春日大社ではこの場所を「額塚」として案内しており、一種の磐座とも考えられています。壮麗な南門だけを見て通り過ぎてしまいがちですが、門の真正面の足元にも注目してみてください。

出現石を見たら、もうひとつ探してみたい石があります。
出現石から南東方向、若宮社へ続く参道を20mほど進んだ布生橋の手前には、「如意石(さぐり石)」と呼ばれる石があります。

地面からわずかに姿をのぞかせている石なので、知らなければそのまま通り過ぎてしまうかもしれません。参拝に訪れた際はぜひ探してみてください。
高さ約12mの壮麗な南門を見上げた後は、その真正面にある出現石、さらに若宮方面にある如意石と、足元に残された春日大社の古い信仰にも注目です。
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