折れ鳥居と礎石 | 生田神社 - 神社ファン

有名度

関脇

生田神社

いくたじんじゃ

兵庫県神戸市中央区下山手通一丁目2番1号

😞 🙁 😐 🙂 😄

折れ鳥居と礎石

更新日:2026年8月11日

大地震を生きのびた鳥居

生田の森の一角、戸隠神社のそばに、折れ鳥居が安置されています。周囲を柵で囲まれたなかに、礎石と笠木が並べて置かれています。もとは、生田神社の表参道の入口に立っていた石の鳥居でした。江戸時代に建てられましたが、1854年に起こった安政の大地震で、両脚の根元を残して倒れてしまいます。
生田神社 戸隠神社の隣りの折れ鳥居
倒れたあとも、もとの場所に立っていた支柱は「生田の折鳥居」と呼ばれ、交通安全にご利益があるとして親しまれてきました。地震にも耐えて残った姿は、災厄を乗り越える縁起の良い鳥居として、多くの人々の信仰を集めたといわれています。やがて朱塗りの大鳥居が新たに建てられるのにあわせて、支柱はこの一角へ移され、今も大切に保存されています。大地震の記憶を今に伝える貴重な遺構として、生田神社の歴史を物語っています。
生田神社 折れ鳥居
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折れ鳥居が生まれ変わった星の記念碑

折れ鳥居の一部は、生田神社から車で五分ほどの諏訪山公園へと運ばれ、金星観測を伝える石碑に生まれ変わりました。江戸時代から生田神社を見守ってきた鳥居が、新たな歴史を伝える記念碑として再び命を与えられたのです。この公園には、街並みと海を見下ろせる「金星台」と呼ばれる展望台があり、石碑はそこに建っています。
金星観測記念碑Pastern(wikipedia CC 表示-継承 3.0)
金星台という名は、金星が太陽の前を横切る「金星の太陽面通過」に由来します。金星が太陽の前を横切る、めったに見られない現象です。1874年(明治7年)に起こった際は、その全過程を見わたせる位置に日本があり、フランス、アメリカ、メキシコが観測隊を派遣しました。このうちフランス隊が観測を行ったのが、神戸のこの地です。それを記念して金星台と名づけられ、石碑が建てられました。なお、この観測地は、のちに日本天文遺産にも認定されています。生田神社に残る折れ鳥居と金星台の記念碑は、一つの鳥居が大地震を乗り越え、新たな歴史を刻みながら受け継がれてきたことを今に伝える貴重な遺構となっています。

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