三宮神社 兵庫県 - 神社ファン

有名度

前頭

三宮神社

さんのみやじんじゃ

兵庫県神戸市中央区三宮町2丁目4−4

兵庫県神戸市中央区三宮町2丁目4−4

拝殿

Nnn(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

三宮神社以外にも 生田裔神八社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 仕事
  • 学業
  • 安全
三宮神社には

「仕事系」「学業・技芸系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

航海の安全 商工業の繁栄 知恵授け

御祭神

湍津姫命 たきつひめのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

宗像・厳島系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

三宮神社は兵庫県神戸市中央区に鎮座する神社。御祭神は湍津姫命の1柱をまつる。
社格は旧村社。
三宮神社の創祀年代は古く、明確には定めがたい。古記録が乏しいため創建時期は不詳とされるが、享保17年(1732年)の銘をもつ手水鉢や寛延元年(1748年)の銘をもつ石灯籠が現存し、江戸時代にはすでに確かな信仰の場が形成されていたことが確認できる。当地はかつて尼崎藩領であり、石灯籠は尼崎藩主の奉納と伝わるなど、藩主からの崇敬も受けていた。明治維新以前、社の周辺は山手に至るまで田園が広がり、西国街道沿いに森をなす社は遠望の目標となっていた。境内には井戸の清水が湧き、神戸港に出入りする船は参拝のうえこの水を汲み取ったとされる。こうした立地と湧水の存在により、三宮神社は開港以前の神戸において陸と海を結ぶ要所に位置していた。慶応3年12月7日(1868年1月1日)の神戸港開港に伴い、居留地造成のため周辺の丘陵は削平され、旧来の景観は大きく変化した。その後、市街地の発展とともに「三宮」の名称は駅名や官公署、商業施設へと広がり、現在の神戸都心を象徴する地名として定着した。
また慶応4年(明治元年、1868年)には、社前で備前藩兵と外国兵が衝突する神戸事件が発生し、明治政府初の外交問題となった。この出来事は三宮神社を近代日本の転換点の現場として位置づけるものであり、現在も境内には神戸事件発生地碑と大砲が置かれている。
その後、戦災や戦後の都市計画によって神域は縮小し、さらに平成7年(1995年)1月17日の阪神・淡路大震災でも被害を受けたが、復興整備を重ねて現在の社頭が維持されている。
本殿は一間社流造、銅板葺である。境内には河原霊社のほか、神戸事件に関する遺構が残り、都市中心部にありながら歴史の連続性を伝える構成となっている。例祭は5月12日である。
  • 村社
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 一間社流造銅板葺

神紋

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出典
公式サイト
http://sannomiyajinja.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%AE%AE%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E7%A5%9E%E6%88%B8%E5%B8%82)