田中富三郎像 | サムハラ神社 - 神社ファン

有名度

関脇

サムハラ神社

さむはらじんじゃ

大阪府西区立売堀2丁目5-26

田中富三郎像

更新日:2026年4月24日

田中富三郎像

田中富三郎像は、大阪にサムハラ神社を建立した田中富三郎の胸像で、拝殿に向かって左、境内北側に位置しています。1964年(昭和39年)に建立され、神社創建の経緯を今に伝える存在です。
田中富三郎は岡山県苫田郡西加茂村(現・津山市)に生まれ、奥之宮にあたる津山市のサムハラ神社を篤く信仰していました。日清・日露戦争を生き延びた体験からその信仰を深め、私財を投じて荒廃していた山中の祠を1935年(昭和10年)に再建します。しかしこの祠は、当時の岡山県特別高等警察の指摘により撤去を余儀なくされました。
それでも信仰は衰えず、太平洋戦争期には自費で小判型の御守を製作し、出征する兵士へ無償で配布しました。戦後の1946年(昭和21年)には再び祠を再建し、その後、大阪中之島の豊国神社境内に分祠としてサムハラ神社を建立します。1961年(昭和36年)、豊国神社の遷座に伴い、サムハラ神社は現在の立売堀の地へと移されました。
田中富三郎は万年筆業界の先駆者としても知られる実業家であり、教育支援や社会貢献にも尽力し、紺綬褒章を受けるなど地域社会にも大きな足跡を残しています。「信仰は万益有って一害なし」との言葉を掲げ、生涯にわたり信仰を貫いた人物で、1967年(昭和42年)に100歳でその生涯を閉じました。
境内の胸像は、こうした歩みを伝えるものであり、サムハラ神社という信仰が一人の強い祈りから形づくられていったことを示す象徴的な存在となっています。
サムハラ神社 田中富三郎像

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