有名度
大関住吉大社
すみよしたいしゃ
大阪府大阪市住吉区住吉2-9-89
大海神社
更新日:2026年9月16日
摂社の中で最も社格が高い神社
境内北側には、住吉大社の摂社「大海神社(だいかいじんじゃ)」が鎮座しています。数ある摂社の中で最も社格が高く、「住吉の別宮」「住吉の宗社」とも称えられ、古代の祭祀においても重要視されてきた神社です。

鎮座地の西方は、かつて「玉出嶋」と呼ばれ、神域の杜は「磐手の森」と称されていました。萩や藤の名所としても知られた場所で、現在とは大きく異なり、その先には海が広がっていました。

四本宮より古い住吉造の本殿
現在の大海神社本殿は宝永5年(1708)に造営されたものです。住吉大社の四本宮と同じ住吉造ですが、現在の四本宮が文化7年(1810)に再建されたものであるため、大海神社本殿の方が約100年古い貴重な社殿です。
Saigen Jiro (wikipedia CC0)
Saigen Jiro (wikipedia CC0)本殿は昭和39年(1964)に国の重要文化財に指定され、幣殿・渡殿も平成22年(2010)に重要文化財へ追加指定されました。宝永年間に造営された本殿と幣殿、渡殿がまとまって残り、現在の四本宮より古い住吉造の姿を見ることができるのが大海神社の大きな見どころです。
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神話にゆかりのある「玉の井」
社殿前には「玉の井」と呼ばれる井戸があります。これは神話「海幸山幸」に登場する山幸彦が、海神から授かった「潮満玉」を沈めた場所と伝えられています。海神を祀る大海神社にふさわしい神話の舞台を現在に伝える場所です。

あるとき二人は互いの道具を交換しますが、山幸彦は兄から借りた大切な釣針を海中で失ってしまいます。釣針を探すため海神の宮へ向かった山幸彦は、そこで海神の娘・豊玉姫と出会って結婚し、海宮で3年間を過ごしました。
やがて地上へ戻ることになった山幸彦は、海神の助けによって失った釣針を取り戻します。さらに海神から、潮を満たす「潮満玉」と潮を引かせる「潮干玉」を授けられました。地上へ戻った山幸彦は二つの玉の力を使って兄の海幸彦を従わせます。このとき海神から授かった潮満玉を沈めたと伝えられているのが、大海神社の「玉の井」です。

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