御田 | 住吉大社 - 神社ファン

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住吉大社

すみよしたいしゃ

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😞 🙁 😐 🙂 😄

御田

更新日:2026年9月16日

住吉大神の御供田

境内の南側には、御田(おんだ)と呼ばれる神田が広がっています。住吉大社が鎮座した際、神功皇后が住吉大神の御供田として定めたと伝えられる、約1800年の由緒を持つ御田です。
現在の御田は約二反の広さがあり、ここで育てられた米は神聖なものとして住吉大神に供えられます。大阪の市街地にありながら現在も水田が残されている珍しい場所で、季節によってさまざまな景色を楽しむことができます。
御田Saigen Jiro (wikipedia CC0)
御田ではアイガモ農法が取り入れられており、初夏には地元の園児たちによってアイガモが放鳥されます。水田の中をアイガモが泳ぎ回る姿は、初夏の御田ならではの光景です。秋になると稲穂が実り、御田には個性豊かな案山子が並びます。これは平成25年(2013)から続く「住吉かかしプロジェクト」によるもので、近隣の幼稚園や小学校の子供たちが制作した案山子が設置されています。日本の原風景や稲作文化を子供たちへ伝える取り組みとして始められたものです。
御田を泳ぐアイガモ
御田には、住吉大社と海との関係を伝える興味深い植物も残されています。平成25年(2013)に大阪市立自然史博物館が行った植物調査では、海岸や汽水域などにも生育するイネ科の植物「ハマヒエガエリ」が確認されました。
現在の住吉大社から海岸までは距離がありますが、かつては神社の近くまで大阪湾が広がり、住吉の浦と呼ばれる海辺の景観がありました。ハマヒエガエリは塩分のある環境にも適応できる植物で、海が近かった時代に御田へ入り込み、その後周囲が淡水化してからも生き残ったものと考えられています。住吉大社がかつて海辺の神社であったことを植物から感じられる、興味深い痕跡です。
華やかな本宮周辺とは雰囲気が異なり、初夏のアイガモ、秋の稲穂や案山子など、四季を感じられるのどかな場所です。本宮からは少し離れていますが、住吉大社の農耕信仰と、かつての住吉の自然環境の両方を伝える御田にも足を運んでみてください。
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御田植神事

毎年6月14日には、御田を舞台として「御田植神事」が行われます。全国各地に残る田植行事のなかでも規模が大きく、古い儀式を省略せず伝えてきた華やかで格式ある神事です。昭和54年(1979)には「住吉の御田植」の名称で国の重要無形民俗文化財に指定されました。
その起源は住吉大社の鎮座にまでさかのぼると伝えられています。神功皇后が住吉大神の御供田を定め、長門国、現在の山口県から稲作に携わる植女(うえめ)を召したことが始まりとされています。鎌倉時代の記録にも猿楽や田楽などの芸能が行われていたことが記されており、当時すでに大規模な祭礼であったことがうかがえます。
当日は植女や稚児など神事に携わる人々がお祓いを受け、まず第一本宮で奉告祭が行われます。その後、一行は行列を整えて御田へ移動。神前から授かった御神水を御田の四方に注いで清め、早苗が植女から替植女へと渡されると田植えが始まります。
御田植神事
田植えだけで終わらないのが、住吉大社の御田植神事の大きな特徴です。御田中央の舞台やその周囲では、神楽女8人による八乙女舞、鎧兜を身につけた風流武者による行事、地元の子供たちによる田植踊など、さまざまな芸能が次々と奉納されます。
なかでも有名なのが最後に行われる住吉踊です。菅笠をかぶった子供たちが団扇を手に踊り、その頃には御田の田植えも完成を迎えます。
文化庁も「住吉の御田植」を、この種の御田植行事のなかで規模が大きく代表的なものと評価しています。田植えと多彩な芸能が一体となり、住吉大社に伝わる農耕信仰を現在まで伝える重要な神事です。

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