有名度
大関住吉大社
すみよしたいしゃ
大阪府大阪市住吉区住吉2-9-89
石燈籠
更新日:2026年9月16日
当時を垣間見ることのできる石燈籠
住吉大社といえば、境内にずらりと並んだ石燈籠も有名です。境内や周辺の参道には、江戸時代から現代にいたるまでに奉納された634基もの石燈籠が立ち並んでおり、その迫力ある景観は住吉大社の大きな見どころのひとつです。
石燈籠を寄進したのは海運関係者だけではありません。境内には魚を扱った雑喉場の商人、干鰯仲間、材木商人、砂糖問屋、油屋など、さまざまな業種から奉納された石燈籠が残されています。
訪れた際は、ぜひ石燈籠に刻まれた文字にも注目してみてください。奉納された年代や地名、業種、寄進者などが刻まれており、当時どのような商売が栄え、住吉大社がどの地域の人々から信仰されていたのかを知る手掛かりとなります。
634基もの石燈籠は単なる境内の装飾ではなく、海上交通と商業によって発展した大坂と、航海の神として信仰された住吉大社との深い関係を現在に伝える貴重な遺物です。

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玩物商の石燈籠
神池近くの参道沿いに建てられている「玩物商の石燈籠」は、数多くある石燈籠の中でも特に大きく、参拝に訪れた人々の目を引き付けています。反橋を渡った先の左右に配置された二基一対の石燈籠で、宝暦12年(1762)に大坂・京都・江戸の玩物商によって寄進されました。「玩物」とは玩具や人形などを指し、石燈籠には「玩物商」の文字が大きく刻まれています。

現在は5段の石壇が積み重なり、1段目は江戸時代、2段目と3段目は昭和、4段目は平成、最下段となる5段目は令和に加えられたとされています。高さは約8メートルにも達し、石壇には500人以上の名前や企業名が刻まれています。
住吉大社は海に近く、石燈籠は長い年月にわたって風雨や潮風にさらされてきました。傷みが進んだ石燈籠は倒壊を防ぐために修復や再建が行われ、その歴史のなかで新たな寄進者の名前も加えられてきました。
江戸時代に奉納され、その後も時代を越えて修復と奉納が重ねられてきた玩物商の石燈籠は、住吉大社に対する商人たちの信仰が現在まで受け継がれてきたことを伝える石燈籠です。

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