摂社 大将軍社 | 大阪天満宮 - 神社ファン

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大関

大阪天満宮

おおさかてんまんぐう

大阪府北区天神橋2-1-8

摂社 大将軍社

更新日:2026年4月17日

大阪天満宮創建の起源となった社

境内の西北には摂社「大将軍社」がお祀りされています。祭神は八衢比古神(やちまたひこのかみ)、八衢比売神(やちまたひめのかみ)、意冨加牟豆美神(おおかむづみのかみ)、久那斗神(くなどのかみ)の4柱の神々です。
大阪天満宮 大将軍社 入口
歴史は古く、650年(白雉元年)、孝徳天皇による難波長柄豊崎宮(なにわのながらのとよさきのみや)の造営にあわせて、都の西北を守護する社として建てられたと伝わります。652年(白雉3年)の遷都後には、道饗祭(みちあえのまつり)が6月と12月の晦日ごとに行われるようになりました。これは、都や宮城に災いをもたらす鬼魅や妖怪の侵入を防ぎ、守護を祈願する神事です。社の石畳もこれにならって西北を向いて敷かれています。
大阪天満宮 大将軍社 御社殿

大将軍社と天満宮の創建

901年(昌泰4年)、藤原時平によって大宰府への左遷を命じられた菅原道真公は、その道すがらこの社を訪れ、旅路の無事を祈りました。903年(延喜3年)に道真公が大宰府で没すると、やがて天神として崇められるようになります。そして949年(天暦3年)、この社の前に一夜にして7本の松が生え、夜な夜な霊光を放ったと伝えられています。この知らせが都に届くと、村上天皇はこの地に天満宮を建てるよう命じました。これが大阪天満宮の始まりです。
大阪天満宮 拝殿 正面
天満宮が創建された後も、大将軍社は地主神・摂社として大切に祀られ続けてきました。毎年元日には、歳旦祭よりも先に大将軍社で拂暁祭(ふつぎょうさい)が営まれ、神事のなかで租(そ)と呼ばれる「借地料」にあたるものを納める習わしがあります。

難波長柄豊崎宮

大将軍社の創建のきっかけとなった難波長柄豊崎宮(なにわのながらのとよさきのみや)は、摂津国難波に置かれた飛鳥時代の宮です。
650年(白雉元年)に孝徳天皇のもとで造営が始まり、652年(白雉3年)に遷都が行われました。現在は大阪城の南側に難波宮史跡公園として整備されており、宮殿の中心部にあたるおよそ9万平方メートルの範囲が国の史跡に指定されています。大阪天満宮からは南東の方角にあり、車で10分ほどの場所です。
難波長柄豊崎宮 跡地Saigen Jiro(wikipedia CC0)

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