野見神社 大阪府 - 神社ファン

有名度

前頭

野見神社

のみじんじゃ

大阪府高槻市野見町6-6

大阪府高槻市野見町6-6

拝殿

bittercup(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 厄除
野見神社には

「健康系」「仕事系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

災難除け 疫病除け 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

祇園・須佐系」 「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

野見神社は大阪府高槻市に鎮座する神社。御祭神は須佐之男命、野見宿禰命の2柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
野見神社の起こりは、牛頭天王を祀った社にさかのぼる。伝承では、宇多天皇の御代にこの地で悪疫が流行した際、社殿を設けて牛頭天王を祀れば災いが鎮まるとの神託があり、久米路山に社壇を築いて祀ったところ疫病が鎮まったという。これが当社の創祀として伝えられている。その後、高槻城が築かれると、この社は城内守護の神として歴代城主の崇敬を受けるようになった。単なる村の鎮守にとどまらず、城下町高槻を守る神として重んじられてきた。戦国期には、高槻城主入江氏から社領の寄進を受け、さらに和田惟政からも保護を受けたと伝えられる。一方、高山右近の時代には社殿が破壊され、神体は山城国男山へ移されたとされる。その後、元和5年(1619年)に高槻城主が松平氏となると社殿が再興され、途絶えていた祭礼も復興した。近世には高槻城下の守護神としての性格を保ちながら、町人や武士を含む多くの人々の崇敬を集める神社となった。
明治初年の神仏分離により、牛頭天王は須佐之男命として位置づけられ、さらに野見宿禰命が合祀された。これに伴い社名も野見神社へ改められ、現在の祭祀の形が整えられた。
境内には摂社の永井神社がある。永井神社は寛政5年(1793年)、高槻藩9代藩主永井直進が初代藩主永井直清を祀るために創建した神社である。嘉永元年(1848年)には11代直輝が修復を行い、唐門や拝所が整えられた。永井神社社殿附棟札4枚・高槻城絵馬1面および永井神社唐門は、高槻市指定有形文化財となっている。
また、野見神社では4月29日に奉納泣き相撲が行われる。赤子の健やかな成長を祈る行事であり、相撲の祖とされる野見宿禰命を祀る当社ならではの祭事として知られている。
  • 郷社
  • 式内社(小)
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神社詳細

公式URL

摂末社・境内社

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文化財

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建築

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神紋

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出典
公式サイト
http://www.nomijinja.jp/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8E%E8%A6%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E9%AB%98%E6%A7%BB%E5%B8%82)
大阪府神社庁
https://www.osaka-jinjacho.jp/