有名度
前頭上位御香宮神社
ごこうのみやじんじゃ
京都府京都市伏見区御香宮門前町174
絵馬堂
更新日:2026年8月6日
本殿の右手には、江戸時代中期の1755年(宝暦5年)に建立された絵馬堂があります。桁行四間、梁間二間、切妻造の建物で、古くから奉納された絵馬や算額などを保存・展示するために建てられました。現在も内部にはさまざまな奉納物が残され、御香宮神社の信仰や人々の願いを今に伝えています。
絵馬堂には、御祭神・神功皇后を描いた絵馬をはじめ、江戸時代に数学の問題や解法を記して奉納した「算額」など、他の神社ではあまり見ることのできない貴重な奉納品が並びます。長い年月を経て文字や彩色が薄れてしまったものもありますが、その風合いからは多くの人々が願いを託してきた歴史を感じることができます。
近年では絵馬堂そのものを備える神社も少なくなりました。御香宮神社では歴史ある建物とともに、江戸時代から受け継がれてきた奉納文化を身近に見学できる貴重な場所となっています。
ある日、御香宮神社を訪れた猿回しが息も絶え絶えとなり、今にも命を落としそうになりました。それを見た猿は御香水をすくって主人に飲ませたところ、たちまち元気を取り戻したと伝えられています。主人は命を救ってくれた御香水への感謝を込めて舞を奉納し、その出来事を絵馬に残しました。病気平癒の霊水として信仰されてきた御香水を象徴する逸話として、現在も語り継がれています。
ところが、この絵馬にはさらに不思議な後日談があります。
絵馬が奉納された後、神社近くの畑が夜ごと荒らされるようになりました。住民が見張っていると、一匹の猿が現れ作物を食べ始めます。住民は鎌で猿を切りつけましたが、猿はそのまま逃げ去ってしまいました。
翌朝、絵馬堂を訪れた人々は驚きます。昨日まで無傷だった猿曳の絵馬を見ると、描かれていた猿の片腕がなくなっていたのです。人々は「昨夜の猿は絵馬から抜け出した猿だった」と語り合い、それ以降、猿が再び抜け出さないよう絵馬には金網が掛けられるようになったと伝えられています。
真偽は定かではありませんが、この不思議な話は御香宮神社に古くから伝わる民間伝承として親しまれています。歴史ある絵馬堂には多くの奉納品がありますが、まずは猿曳の絵馬を探してみてください。御香水の伝説とあわせて見学すると、御香宮神社に受け継がれてきた信仰や昔話をより深く楽しむことができるでしょう。


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猿曳の絵馬
絵馬堂で最も有名なのが、「猿曳(さるひき)の絵馬」です。この絵馬には、御香宮神社を代表する名水「御香水」にまつわる伝説が描かれています。ある日、御香宮神社を訪れた猿回しが息も絶え絶えとなり、今にも命を落としそうになりました。それを見た猿は御香水をすくって主人に飲ませたところ、たちまち元気を取り戻したと伝えられています。主人は命を救ってくれた御香水への感謝を込めて舞を奉納し、その出来事を絵馬に残しました。病気平癒の霊水として信仰されてきた御香水を象徴する逸話として、現在も語り継がれています。

絵馬が奉納された後、神社近くの畑が夜ごと荒らされるようになりました。住民が見張っていると、一匹の猿が現れ作物を食べ始めます。住民は鎌で猿を切りつけましたが、猿はそのまま逃げ去ってしまいました。
翌朝、絵馬堂を訪れた人々は驚きます。昨日まで無傷だった猿曳の絵馬を見ると、描かれていた猿の片腕がなくなっていたのです。人々は「昨夜の猿は絵馬から抜け出した猿だった」と語り合い、それ以降、猿が再び抜け出さないよう絵馬には金網が掛けられるようになったと伝えられています。
真偽は定かではありませんが、この不思議な話は御香宮神社に古くから伝わる民間伝承として親しまれています。歴史ある絵馬堂には多くの奉納品がありますが、まずは猿曳の絵馬を探してみてください。御香水の伝説とあわせて見学すると、御香宮神社に受け継がれてきた信仰や昔話をより深く楽しむことができるでしょう。
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