有名度
横綱北野天満宮
きたのてんまんぐう
京都府京都市上京区馬喰町931
末社 神明社・文子社
更新日:2026年7月8日
神明社
西回廊の近くに北向きに建つ神明社(しんめいしゃ)は、北野天満宮の末社です。御祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)と豊受大御神(とようけのおおみかみ)。家内安全や家業発展のご神徳があるとされています。
神明社は、『延喜式』に記載される山城国愛宕郡の式内小社・高橋神社に比定されています。その根拠となる『親長卿記』によると、高橋神社は現在の北野天満宮の北約200メートルに鎮座していましたが、1814年(文化11年)に北野天満宮境内へ遷座しました。
高橋神社は、古代氏族・高橋連(たかはしのむらじ)の氏神として祀られていた神社です。高橋連は朝廷で天皇の食事や料理を司った氏族として知られています。

文子社
神明社の右隣に鎮座する文子社(あやこしゃ)は、北野天満宮の末社です。御祭神は多治比文子(たじひのあやこ)、相殿神は神良種(みわのよしたね)、太郎丸(たろうまる)、最鎮(さいちん)です。家内安全や事業発展のご神徳があるとされています。
多治比文子は、文子天満宮にも祀られている人物で、菅原道真公が大宰府で亡くなった後、最初に道真公を祀った人物として知られています。そのため、天神信仰の始まりを語るうえで欠かせない存在です。
また、相殿神として祀られている神々も、北野天満宮の創建や発展に尽力した人物たちです。北野天満宮の歴史を支えた人々を祀る社として、静かに参拝したい末社の一つとなっています。

この記事を0人の方がいいねといっています
スポンサーリンク
