有名度
横綱北野天満宮
きたのてんまんぐう
京都府京都市上京区馬喰町931
御神木
更新日:2026年7月7日
飛梅伝説を今に伝える御神木
拝殿前の左側には、御神木である「紅和魂梅(べにわこんばい)」があります。太宰府天満宮の飛梅とゆかりがあると伝えられる梅で、木の前には「飛梅木」と刻まれた石碑が建てられています。樹齢は約400年、紅色の八重咲きの品種で、例年2月下旬から3月末頃に見頃を迎えます。梅の名所として知られる北野天満宮を象徴する一本であり、多くの参拝者が足を止める人気の見どころです。

飛梅伝説
901年(延喜元年)、菅原道真公は藤原時平らとの政争により大宰府へ左遷されることになりました。都を離れる際、幼い頃から大切にしてきた梅の木に別れを告げ、次の和歌を詠んだと伝えられています。東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花
主なしとて 春を忘るな
「春風が吹いたら梅の香りを大宰府まで届けておくれ。主人である私がいなくても、春になれば美しい花を咲かせてほしい」という思いを込めた歌です。
その後、主人を慕った梅が一夜のうちに京都から大宰府へ飛んでいったという「飛梅伝説」が生まれました。この飛梅は現在も太宰府天満宮にあり、樹齢1000年を超える御神木として大切に守られています。
また、道真公に仕えた白太夫(しらたゆう)が京都の梅を根分けして大宰府へ運び、それを「梅が飛んできた」と語ったことが飛梅伝説の由来になったという説も伝えられています。
飛梅だけでなく、道真公を慕った桜が大宰府で枯れてしまったという「飛桜」、途中まで追いかけた松が道中で根付いたという「飛松」の伝説も残されており、道真公と草木の深い絆を伝えています。

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令和の飛梅伝説
北野天満宮では、御神木の梅を未来へ受け継ぐ取り組みも進められています。2015年から住友林業株式会社と共同で御神木の組織培養研究を開始し、その後「令和の飛梅伝説」プロジェクトとして発展しました。観賞用の梅を組織培養によって増殖させて開花させることに世界で初めて成功し、7年後には梅苑「花の庭」で美しい花を咲かせています。
この取り組みは、特効薬がないウメ輪紋ウイルス(PPV)から貴重な梅を守り、飛梅の系統を未来へ受け継ぐことを目的としています。古くから語り継がれてきた飛梅伝説は、最新の技術によって令和の時代にも受け継がれています。

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