崇徳天皇欽仰之碑 | 白峯神宮 - 神社ファン

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白峯神宮

しらみねじんぐう

京都府京都市上京区今出川通堀川東入飛鳥井町261

崇徳天皇欽仰之碑

更新日:2025年5月1日

崇徳天皇の怨霊を鎮めるための碑

拝殿に向かって東側、地主社の隣にある浄心の庭内に崇徳天皇欽仰之碑はあります。
浄心の庭は苔と石で表現された枯山水の庭園で、崇徳天皇欽仰之碑と白峯神宮御創建150年記念の歌碑があります。
崇徳天皇欽仰之碑は保元の乱で隠岐に讃岐へ配流となった崇徳天皇の御霊を鎮魂するために、明治天皇が白峯神宮を作られた碑です。
なぜ明治天皇が崇徳天皇の御霊を京都に戻して鎮魂したかというと、崇徳天皇は天皇家を恨みながら憤死したと伝えられており、その後約700年、朝廷は主権を武士に握られ失権し江戸時代まで続いたため、それが崇徳天皇の祟りであると信じられてきました。そのため、1868年(慶応4年)に、明治政府は明治天皇即位後すぐに崇徳天皇の御霊を隠岐から京都に戻し、明治天皇が参拝し、その後9月8日に元号は慶応から明治に改元されました。
もう一つある歌碑は、「瀬をはやみ 岩にせかるる 瀧川の われても末に あはむとぞ思ふ」は百人一首にも選べれている名句で、この歌は崇徳天皇が、藤原俊成に命じて「久安百首」に載せた歌です。これは川の水の様子から恋心を歌った歌です。意味は「恋にいろんな障害があり今は分かれている二人でも、それを乗り越えて必ず逢おう」という情熱的な愛の歌です。
崇徳天皇欽仰之碑

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