奥石神社 - 神社ファン

有名度

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奥石神社

おいそじんじゃ

滋賀県近江八幡市安土町東老蘇1615

😞 🙁 😐 🙂 😄

滋賀県近江八幡市安土町東老蘇1615

拝殿

Saigen Jiro(wikipedia CC0)

奥石神社以外にも 鎌宮神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 子供
奥石神社には

「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

安産守護

御祭神

天児屋根命 あめのこやねのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

奥石神社は滋賀県近江八幡市に鎮座する神社。御祭神は天児屋根命の1柱をまつる。
社格は式内社であり、旧県社。
創祀については複数の社伝が伝わる。孝霊天皇30年、石部大連という翁が社壇を築いたことを始まりとする伝承がある。また、崇神天皇の時代に四道将軍が派遣された際、吉備武彦が武運を祈願して神を勧請したとも伝えられている。
神社が鎮座する一帯は老蘇森と呼ばれる。伝承では、かつてこの地に地割れや湧水があり、石部大連が木の苗を植えて神々に祈願したところ森林となったという。石部大連も長寿を保ったとされ、老蘇森の名が生まれたと伝えられている。
平安時代に編纂された『延喜式』神名帳には、近江国蒲生郡の神社として奥石神社が記載された。老蘇森は古くから和歌に詠まれ、のちに中山道沿いの名所として道中記などにも記録された。
中世には鎌宮と称され、近江守護を務めた佐々木六角氏の崇敬を受けた。応永30年(1423)の作と伝わる神輿も残されている。
天正9年(1581)、現在の本殿が建立された。織田信長の寄進によるものと伝えられ、棟札には柴田新左衛門尉家久が願主となり、西之庄の左右衛門三郎らが大工を務めたことが記されている。
明治9年(1876)10月に村社へ列し、明治14年(1881)2月に郷社へ昇格した。明治35年(1902)4月17日には本殿が国の重要文化財に指定され、明治41年(1908)4月には神饌幣帛料供進社となった。大正13年(1924)に鎌宮から奥石神社へ改称し、同年2月に県社へ昇格した。
本殿は天正9年(1581)建立の三間社流造で、向拝1間を設け、屋根を檜皮葺とする。境内には入母屋造の拝殿が建ち、本殿西側に鎮座する摂社諏訪社本殿は桃山時代の建築で、近江八幡市指定文化財となっている。境内社には諏訪神社と稲荷神社がある。
社殿を囲む老蘇森はスギ、ヒノキ、マツなどが生育する樹林で、昭和24年(1949)7月13日に国の史跡に指定された。
4月6日には管絃渡御が行われる。神幸祭の後、鐘、太鼓、神旗、神職、巫女らが列を組み、神輿が御旅所へ渡御する。御旅所で祭典を行った後、神輿は本宮へ還御する。摂社諏訪宮の例祭は8月27日を祭日とし、近年は8月第4日曜日に行われている。
  • 県社
  • 式内社(小)
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神社詳細

摂末社・境内社

摂社 諏訪明神社
諏訪明神
建御名方富命
八坂刀売命
境内社 稲荷神社
祭神不明

例祭

例祭 4月吉日

文化財

奥石神社本殿
国 重要文化財
建造物 明治35年4月17日指定
老蘇森
国 史跡
文化財種別不明 昭和24年7月13日指定
奥石神社境内社諏訪社本殿
近江八幡市 指定文化財
建造物 文化財指定日不明

建築

本殿 三間社流造

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%A5%E7%9F%B3%E7%A5%9E%E7%A4%BE
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp
近江八幡市
https://www.city.omihachiman.lg.jp/kanko/rekishi/1/index.html
滋賀県神社庁
http://www.shiga-jinjacho.jp/