有名度
関脇多賀大社
たがたいしゃ
滋賀県犬上郡多賀町多賀604
御神木
更新日:2026年11月4日
多賀大社のケヤキ(飯盛木)
多賀大社から西へ約2km離れた場所に、「お多賀杓子と飯盛木」の言い伝えで知られる2本のケヤキの巨木があります。東側に立つのが男飯盛木(おとこいいもりぎ)、そこから約200m西側に立つのが女飯盛木(おんないいもりぎ)です。東側の男飯盛木は、幹周6.32m、樹高15mの巨木です。太い幹から大きく枝を広げる姿を間近に見ることができます。


奈良時代、第44代元正天皇(在位715~724年)が病気になった際、多賀大社の神職が病気平癒を祈願し、強飯と杓子を献上したところ、天皇の病がたちまち治ったと伝えられています。
多賀大社では、この時の杓子は「しでの木」で作られたと伝えています。この伝承から生まれたのが、現在も延命長寿の縁起物として知られる「お多賀杓子」です。
飯盛木については、この杓子を作った際に残った枝を地面に挿したところ根付き、成長して大木になったという言い伝えがあります。現在の飯盛木の樹種はケヤキです。
2本の飯盛木は1999年(平成11年)3月4日、「多賀大社のケヤキ(飯盛木)」として滋賀県指定自然記念物に指定されました。滋賀県の資料では、いずれも推定樹齢300年以上とされています。
また、室町時代末期から近世初頭の多賀大社とその周辺を描いた「多賀大社参詣曼荼羅図」には、すでに参詣路沿いに男飯盛木と女飯盛木が描かれています。現在の飯盛木が伝承通り奈良時代から生き続けていることを示すものではありませんが、この場所の飯盛木が古くから多賀信仰と結びついていたことが分かります。
境内から約2kmも離れた場所にありながら、2本そろって現在まで残る飯盛木は、元正天皇の病気平癒伝承と「お多賀杓子」の信仰を現在に伝える多賀大社ゆかりの巨木です。
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杉坂の御神木「三本杉」
多賀大社から東へ約6km離れた杉坂峠には、多賀大社の御神木である杉の巨木がそびえています。多賀大社では「三本杉」と呼ばれ、1991年(平成3年)3月1日に「多賀町栗栖のスギ」の名称で滋賀県指定自然記念物に指定されました。滋賀県の資料によると、最も大きな杉は幹周11.9m、樹高37mという巨大なもので、推定樹齢は400年です。御神木には注連縄が張られ、多賀大社の御祭神である伊邪那岐大神の降臨伝承を現在に伝えています。
神代の昔、国生みの大業を終えられた伊邪那岐大神が高天原から杉坂峠へ天降り、ここで休息したと伝えられています。
その際、土地の老人が粟の飯を献上すると、大神は喜んで召し上がりました。食事を終えた伊邪那岐大神が使った杉の箸を地面に刺したところ、その箸が根付き、やがて大木へ成長したと伝えられています。現在の三本杉は、この神話を今に伝える多賀大社の御神木として大切にされています。
そして杉坂峠は、現在の多賀大社の祭祀とも直接つながっています。
毎年8月3日から5日に行われる万灯祭では、初日の8月3日夕刻、御祭神降臨の地とされる杉坂山で「御神火祭」が行われます。古式によって斎火が切り出され、その浄火は麓の調宮神社を経て多賀大社へと運ばれます。
多賀大社に到着した御神火によって境内の1万灯を超える提灯に明かりが灯されます。そのため杉坂峠は単なる御神木の所在地ではなく、現在も多賀大社の祭祀が行われる神聖な場所です。

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