有名度
関脇近江神宮
おうみじんぐう
滋賀県大津市神宮町1-1
楼門
更新日:2026年10月4日
石段の先にそびえる近江神宮のシンボル
二の鳥居をくぐり、木々に囲まれた表参道と石段を進んだ先に現れるのが、鮮やかな朱塗りの楼門です。深い緑の中に朱色の建物が浮かび上がる姿は印象的で、近江神宮を代表する景観のひとつとなっています。楼門は中央の門を挟んで左右に外廻廊が延びる構成で、外廻廊は神符授与所などへとつながっています。石段の下から見上げると、楼門と外廻廊が高台に横一線に広がり、その奥に主要な社殿が配されています。参道を歩いてきた参拝者にとって、ここが社殿域への大きな節目となる場所です。
近江神宮では本殿や内拝殿、外拝殿をはじめ、昭和の創建時に整えられた特徴的な社殿群を見ることができます。その中でも楼門は鮮やかな朱色によってひときわ目を引きます。しかし、この楼門は創建当初から朱塗りだったわけではありません。

白木から朱塗りへ 火災からよみがえった楼門
創建当初の楼門は白木造りで、屋根には檜皮が葺かれていました。現在の華やかな印象とは異なり、木の質感をそのまま生かした姿だったといいます。ところが1953(昭和28)年5月27日、不審火によって楼門が半焼。火災後は焼け残った部材もできる限り生かしながら再建が進められ、1956(昭和31)年9月に竣工しました。その際、火災で焦げた部分を覆う意味もあって、それまでの白木から朱塗りへと姿を変えました。
現在では近江神宮の象徴ともいえる朱色が、実は火災からの再建によって生まれたというのは、楼門を見るうえで知っておきたい歴史です。美しい朱塗りの姿には、焼け残った部材を生かしながら楼門をよみがえらせた復興の歴史も刻まれています。

楼門の火災を今に伝える「鎮火祭」
1953年の火災は、その後の近江神宮の祭祀にもつながっています。火災をきっかけとして、近江神宮では毎月27日に「鎮火祭」が行われるようになりました。不慮の災害防止や防火、家内安全、社会安穏などを祈る祭典で、楼門が火災に遭った27日という日付とともに現在まで受け継がれています。石段の下から楼門と外廻廊を見上げる景観はもちろん、門をくぐったあとに境内側から振り返って見る姿も印象的です。鮮やかな朱色だけでなく、創建時の白木の楼門、火災、そして再建という歴史を知ると、現在の楼門がまた違った姿に見えてきます。

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