龍城神社 - 神社ファン

有名度

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龍城神社

たつきじんじゃ

愛知県岡崎市康生町561番

😞 🙁 😐 🙂 😄

愛知県岡崎市康生町561番

拝殿

かんたんご利益

  • 厄除
龍城神社には

「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

公

諸願成就 開運守護

御祭神

徳川家康公 とくがわいえやすこう
本多忠勝朝臣 ほんだただかつあそん
天神地祇 てんじんちぎ
護国英霊 ごこくえいれい

神社系統

この神社の主な系統は

「東照宮系」

です。
他に 「不明(3柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

龍城神社は愛知県岡崎市に鎮座する神社。御祭神は徳川家康公、本多忠勝朝臣、天神地祇、護国英霊をまつる。
社格は旧県社。
社伝では、宝徳4年(1452)、三河国守護代の西郷稠頼が岡崎城を築いた際、天守に柳の五つ衣と紅の袴を身につけた乙女が現れ、自らをこの地に住む龍神と告げたと伝えられている。この時、城内の井戸から水が噴き上がり、黒雲が天守を包むと龍神の姿が消えた。西郷稠頼は天守楼上に龍神を祀り、城を「龍ヶ城」、井戸を「龍の井」と称した。
天文11年12月26日、現在の暦では1543年1月31日、岡崎城で竹千代、後の徳川家康が誕生した。この朝には城楼の上に金色の龍が現れ、雲を呼び、風を招いたという伝承が残る。岡崎城周辺には「龍の井」のほか、家康の産湯に用いたと伝わる「産湯の井」、胞衣を納めたとされる「東照公胞衣塚」がある。
徳川家康の死後、寛永年間(1624~1644)には家康を祭神とする東照宮が岡崎城天守に祀られた。明和3年(1766)、岡崎藩主の本多忠粛は東照宮を岡崎城三の丸へ遷し、本丸に本多忠勝を祭神とする映世神社を創建した。映世神社では忠勝の命日である10月18日に祭礼が行われ、岡崎藩主らが鎧兜を着けて行列したと伝えられている。
明治9年(1876)、東照宮を本丸へ遷座して映世神社と合祀し、龍城神社と称して新たに社殿を造営した。明治13年(1880)には岡崎東照宮と改称し、大正元年(1912)に再び龍城神社へ改称した。大正3年(1914)には県社へ昇格した。
昭和37年(1962)、崇敬者から寄せられた浄財と日光東照宮から寄進された神木によって現在の社殿が再建され、天神地祇と岡崎市旧領の護国英霊が合祀された。拝殿天井には木彫りの「平成昇龍」が掲げられている。境内には岡崎城築城時の龍神伝説に伝わる「龍の井」が残り、社殿に隣接して岡崎城天守が建つ。
祭事には4月17日の例祭、10月18日の映世祭、12月26日の降誕祭がある。4月17日は徳川家康の命日、10月18日は本多忠勝の命日にあたる。江戸時代に映世神社で行われた祭礼の行列は戦後に武者行列として復活し、現在は岡崎市の「家康行列」として行われている。
  • 県社
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http://home1.catvmics.ne.jp/~tatuki/