朝日神社 名古屋市中区 - 神社ファン

有名度

前頭

朝日神社

あさひじんじゃ

愛知県名古屋市中区錦3丁目22−21

愛知県名古屋市中区錦3丁目22−21

拝殿

Tomio344456(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 仕事
朝日神社には

「仕事系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国家隆昌 生命力向上 五穀豊穣

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

伊勢・神明系」 「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

朝日神社は愛知県名古屋市中区に鎮座する神社。御祭神は天照皇大神、天児屋根命の2柱をまつる。
社格は旧郷社。
朝日神社は、もとは清洲城下にあった伊勢神宮の神領地(御園)である朝日郷に鎮座していたとされる。名古屋城築城に伴い、慶長16年(1611年)夏に現在地へ移築遷座し、城下町の碁盤割りとともに整備された地域の守護神として祀られるようになった。
その後、万治3年(1660年)の大火を契機として、社前には防火帯の役割を担う広小路が整備され、門前の景観や町並みが形成されていった。明治元年(1868年)3月には神仏判然令により、子守神社および児宮神社が境内へ移築遷座され、由緒にちなむ朝日神社の社名へ改められた。昭和期には名古屋有数の参拝者を集める神社として親しまれていたが、昭和20年(1945年)の名古屋大空襲によって本殿をはじめとする主要な社殿が焼失した。
戦後は復興奉賛会が結成され、昭和28年(1953年)7月に本殿および拝殿が再建された。さらに昭和33年(1958年)には道路拡張工事に伴い、石造の大鳥居や境内施設の移築が行われ、境内の復興と再整備が進められた。昭和54年(1979年)には斎館および職舎が竣工し、昭和61年(1986年)には境内の総合整備として本殿・拝殿の移築嵩上や広場の拡充が実施され、都心にありながら落ち着いた社域景観が整えられて現在に至っている。
境内の鳥居西側には蕃塀(透塀)が残されている。この蕃塀は文化6年(1809年)の建立とされ、昭和33年(1958年)に現在地へ移築されたもので、木造・銅板葺、延長4.5mの構造をもつ。令和4年(2022年)2月17日には登録有形文化財(建造物)に登録されており、江戸後期の境内構成を伝える遺構として位置づけられている。
例祭は10月下旬に行われ、現在も都心の鎮守として季節の節目に祭礼が執り行われている。
  • 郷社
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出典
公式サイト
http://www.asahi-jinja.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E6%97%A5%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E5%B8%82)