摂社 柏樹社・和御魂社・居森社 | 津島神社 - 神社ファン

有名度

関脇

津島神社

つしまじんじゃ

愛知県津島市神明町1番

摂社 柏樹社・和御魂社・居森社

更新日:2026年2月26日

柏樹社(柏宮)

柏樹社(かしわぎしゃ)は、建速須佐之男命奇御魂(たけはやすさのおのみことのくしみたま)をお祀りする摂社です。御神徳は無病息災とされています。境内では楼門に向かって左側に鎮座しています。
奇御魂とは、神の持つ力のうち霊妙で神秘的な側面をあらわす御霊の働きを指します。神道では一柱の神が複数の御魂の働きを持つと考えられており、奇御魂はその中でも目に見えない不思議な神威として現れる側面とされます。無病息災などの霊験として実感される加護の働きと結びつけて理解されています。
現在の御社殿は1760年(宝暦10年)に建造されたもので、木造流造、銅板葺の形式を備えています。
由緒によれば、757年(天平元年)に神託により須佐之男命を居森の地からこの地へ遷した際、社の後ろに古い柏の樹が一本生えていたことが社名の由来と伝えられています。かつては柏宮(かしわのみや)、柏社(かしわしゃ)とも呼ばれていました。
柏樹社 社殿

和御魂社(蘇民社)

和御魂社(にぎみたましゃ)は、楼門に向かって左手に鎮座し、建速須佐之男命和御魂(たけはやすさのおのみことのにぎみたま)をお祀りする摂社で、別名を「蘇民社(そみんしゃ)」とも称されます。御神徳は無病息災です。
和御魂とは、神の持つ力のうち穏やかで調和的な側面をあらわす御霊の働きを指します。神道では一柱の神が荒御魂と和御魂の二面性を持つと考えられており、和御魂は人々の暮らしに寄り添い、平穏や繁栄をもたらす柔和な神威として理解されています。
現在の御社殿は1760年(宝暦10年)に建造されたもので、木造流造、銅板葺の形式を備えています。
由緒によれば、もとは蘇民将来を祀る「蘇民社」と称し、姥が森(現・海部郡佐織町町方新田)に鎮座していました。それを瑞垣内に遷したと伝えられています。姥が森は、建速須佐之男命の御降臨にまつわる地とされ、古伝には「素盞鳴尊来臨の時、この所にて老嫗神詫を蒙りしゆえ社を建つ」と記されます。また、かつてこの地に岩窟があり、蘇民将来の末裔が住んでいたとも伝えられています。
正月4日の例祭では、一年の無病息災を祈願する茅の輪くぐりが行われます。これは、須佐之男命が蘇民将来に悪疫防除の方法として茅の輪くぐりを教えたという伝承に基づく神事です。明治時代以前には、祭礼後に姥が森の姥社へ焼き団子を供える習わしもありました。
和御魂社 社殿

居森社

居森社(いもりしゃ)は、建速須佐之男命幸御魂(たけはやすさのおのみことのさきみたま)をお祀りする摂社です。御神徳は無病息災。鎮座地は境内南側、南の鳥居の左手にあたります。
居森社 鳥居
幸御魂とは、神の持つ力のうち、人々に幸福や繁栄をもたらす側面をあらわす御霊の働きを指します。荒御魂が力強く外へ働きかける側面、和御魂が穏やかに調和をもたらす側面とされるのに対し、幸御魂はその神威が具体的な実りや吉兆としてあらわれる働きと理解されています。
居森社 拝殿
伝承では、欽明天皇元年(540年)、素戔嗚尊がこの地に御来臨された際、蘇民将来の子孫とされる老女が、霊鳩の導きにより森の中に奉ったことが社名の由来と伝えられています。
1591年(天正19年)には豊臣秀吉の母・大政所の寄進により再建されました。現在の御社殿は1759年(宝暦9年)建造で、本殿は一間社流造、特殊銅板葺の形式を備えています。社殿は愛知県指定文化財に指定されています。
居森社 社殿

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