摂社 彌五郎殿社・八柱社・荒御魂社 | 津島神社 - 神社ファン

有名度

関脇

津島神社

つしまじんじゃ

愛知県津島市神明町1番

摂社 彌五郎殿社・八柱社・荒御魂社

更新日:2026年6月18日

弥五郎殿社(彌五郎殿社)

津島神社の摂社である弥五郎殿社(やごろうでんしゃ)は、境内では拝殿に向かって左手、楼門側から見ると正面にあたる位置に鎮座します。御祭神は武内宿禰命(たけうちのすくねのみこと)と大穴牟遅命(おおなむちのみこと/大己貴命)をお祀りしています。御神徳は郷土の守護とされています。
彌五郎殿社 鳥居
由緒によれば、南北朝時代、南朝の忠臣・楠正行とともに四條畷の戦い(1348年)で戦死した社家堀田一族の堀田弥五郎正泰にちなむ社とされています。弥五郎正泰は生前に社殿を造替し、さらに大原真守作と伝わる佩刀(津島神社社宝・国重要文化財)を寄進しました。この功績により、社は「彌五郎殿社」と称されるようになったと伝えられています。
彌五郎殿社 社殿全体
現在の社殿は1673年(寛文13年)6月26日に建造されたもので、本殿は木造流造銅板葺、拝殿は木造切妻造妻入銅板葺の形式を備えています。本殿・拝殿の両殿は愛知県指定文化財に指定されています。
彌五郎殿社拝殿から見える本殿
社前には石燈籠が建ち、竿部には「奉寄進石燈籠 地主弥五郎殿」の銘が刻まれています。側面には1654年(承応3年)の年紀があり、裏面には堀田氏の家紋である三本杉が陽刻されています。これらの銘文は、江戸時代における津島神社と堀田家との関係を具体的に示す史料としても重要です。
弥五郎殿社 石燈籠
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八柱社 (八王子社)

本殿に向かって左手に鎮座するのが八柱社(やはしらしゃ)です。かつては「八王子社」と称され、寛文年間までは本殿の相殿に祀られていましたが、のちに現在の位置へ遷されました。
八柱社 社殿
御祭神は、素戔嗚尊と天照大神が天安河で誓約(うけい)をした際に誕生した五男三女の御子神です。具体的には、天忍穂耳尊命(あめのおしほみみのみこと)・天穂日命(あめのほひのみこと)・天津彦根命(あまつひこねのみこと)・活津日子根命(いくつひこねのみこと)・熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)・多紀理毘売命(たきりひめのみこと)・市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)・多岐都比売命(たぎつひめのみこと)の八柱をお祀りしています。御神徳は子宝とされています。
現在の御社殿は1672年(寛文12年)に造営されたもので、本殿は木造流造、銅板葺(津島神社特有の銅板葺)です。八柱社の社殿は、津島神社の社殿群の一部として愛知県指定文化財に指定されています。
八柱社は、津島神社の主祭神である建速須佐之男命の御子神を祀る社として、境内の中でも重要な摂社の一つに位置づけられています。
八柱社 本殿
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荒御魂社(蛇毒神社)

荒御魂社(あらみたましゃ)は、建速須佐之男命荒御魂(たけはやすさのおのみことのあらみたま)をお祀りする摂社で、御本殿の右手、東側に鎮座しています。御神徳は無病息災とされています。
荒御魂とは、神の持つ力のうち、勇猛で活動的な側面をあらわす御霊の働きを指します。神道では一柱の神が荒御魂と和御魂(にぎみたま)の二面性を持つと考えられており、荒御魂社はその荒々しく強い霊威を個別にお祀りする社です。
由緒によれば、もとは「蛇毒神社」と称し、八岐大蛇(やまたのおろち)の御霊を祀っていたと伝えられています。
現在の御社殿は木造流造、銅板葺(津島神社特有の銅板葺)で、永享9年(1437年)12月5日に造営されたと伝わります。さらに宝暦9年(1759年)に建造された記録があり、社殿は愛知県指定文化財に指定されています。
荒御魂社 社殿

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