有名度
関脇小國神社
おくにじんじゃ
静岡県周智郡森町一宮3956-1
事待池
更新日:2026年9月22日
心願成就を「ことのままに待つ」神池
一の鳥居から参道を進むと、左手に静かな水面をたたえる事待池(ことまちいけ)があります。小國神社では心願成就の神池として大切にされている池です。「事待池」という名前には、小國神社に伝わる願掛けの習わしが関係しています。本社に参拝して願いを掛け、「事のままに待ち」、無事に心願が成就すると、神恩への感謝を表すため池に鯉を放したと伝えられています。この習わしから「ことまち池」と呼ばれるようになりました。
小國神社は願い事が意のままに叶う神社として信仰されており、事待池はその信仰を今に伝える場所のひとつです。池に泳ぐ鯉を眺めながら、かつて願いが叶った人々が感謝を込めて鯉を放したという伝承に思いを巡らせることができます。
また、事待池には「いぼとり池」という別名もあります。池の水は神様のご加護が宿った御神水とされ、その水を汲んで「いぼ」につけると取れるという言い伝えが残されています。

さらに池の周囲には八王子社や宗像社が鎮座し、森町の伝統工芸を取り入れた森山焼の橋も架かっています。池だけでなく、その周囲まで歩いてみるのがおすすめです。
八王子社
事待池に架かる朱色の橋を渡った先には、小國神社の末社・八王子社(はちおうじしゃ)が鎮座しています。御祭神は国狭槌命(くにさづちのみこと)と五男神・三女神の八柱です。
八王子社は、小國神社の境内社の歴史にも深く関わっています。延宝8年(1680年)の社記や古文書の社頭配置図によると、かつて境内には全国の一宮などの御祭神73柱がそれぞれ祀られていました。しかし社殿の焼失や腐朽などにより、1882年(明治15年)から八王子社に仮合祀されました。その後、1989年(平成元年)に「全国一宮等合殿社」が復興され、再び祀られています。

1月17日の例祭では、古儀に従って宮司が弓を射る「奉射神事」が行われます。これに続いて本社では御弓始祭が執り行われ、そこで射られた矢は魔除けや災難除けになると伝えられています。
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宗像社
事待池のほとりには、もう一社、小國神社の末社である宗像社(むなかたしゃ)が鎮座しています。御祭神は田心姫命(たごりひめのみこと)、田霧姫命(たぎりひめのみこと)、市杵島姫命(いつきしまひめのみこと)の宗像三女神です。

小國神社の記録では往古から鎮座する古社とされ、延宝年間の社記には、宗像社の前で阿部善八郎が小國神主と会い、本社へ大身槍を奉納したことも記されています。例祭は2月15日に行われます。
カラフルな森山焼の橋
事待池でもうひとつ見逃せないのが、陶器片をちりばめた「森山焼の橋」です。森山焼は、小國神社が鎮座する森町で受け継がれてきた焼き物です。橋には色や表情の異なる森山焼の陶器が使われており、朱色の橋とはまた違った姿で事待池の景観を彩っています。

その源流となった志戸呂焼は遠州七窯のひとつに数えられ、森山焼の名は森町森山の地名に由来します。当初は土管や水瓶などを焼いていましたが、技術を磨きながら茶器、花器、酒器、食器などへ制作の幅を広げていきました。
1915年(大正4年)には、天皇即位奉祝のため花瓶と置物を献上して御嘉納となり、感謝状を受けています。その後も各地の陶磁器展への出品などを通して評価を高め、森山焼の名が知られるようになりました。
現在も森町では森山焼の伝統が受け継がれ、それぞれの窯元が特色のある陶器を制作しています。元原稿にある中村陶房、静邨陶房、晴山陶房、田米陶房も、それぞれ異なる作風を育んできました。
事待池に架かる森山焼の橋は、こうした地元の焼き物を神社の境内で身近に見ることができる場所です。水面や周囲の木々だけでなく、橋に埋め込まれた一枚一枚の陶器にも注目してみてください。
心願成就の伝承を伝える事待池、そのほとりに鎮座する八王子社と宗像社、そして森町の伝統工芸を取り入れた森山焼の橋。参道をそのまま通り過ぎず池の周囲まで歩くと、小國神社の信仰と地域の歴史・文化をあわせて楽しめる見どころとなっています。
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