飛地境内社 御陣屋稲荷神社 | 大井神社 - 神社ファン

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大井神社

おおいじんじゃ

静岡県島田市大井町2316

飛地境内社 御陣屋稲荷神社

更新日:2025年7月14日

代官屋敷内にお祀りされていた稲荷神社

大井神社から東へ10分程度歩いた先、小さな広場の片隅には御陣屋稲荷神社(ごじんやいなりじんじゃ)が建っています。屋根には白い狐が置かれており、まるで参拝に訪れた人を見つめているかのようです。ご祭神には倉稲魂命と保食神をお祀りし、五穀豊穣、商売繫盛の神として人々から篤く信仰されてきました。別名「悪口稲荷」とも呼ばれており、大井神社の飛地境内社になります。
御陣屋稲荷神社SyunPyo(Wikipedia CC 表示-継承 4.0)
1617年に代官長谷川藤兵衛が、代官所の屋敷内に住民の安泰と五穀豊穣を願って稲荷祠を建立したことが御陣屋稲荷神社の始まりだと言われています。1794年に代官所が駿府に統合された後もそのまま陣屋が置かれていたため、御陣屋稲荷神社と呼ばれるようになりました。屋敷内には一般人の立ち入りは禁止されていましたが、稲荷祭の行われる2月初午の日だけは自由に参拝することができたそうです。現在、例祭は3月初午の日の前の日曜日に執り行われています。

風刺が名物「悪口稲荷」

御陣屋稲荷神社は別名「悪口稲荷」とも呼ばれています。毎年行われる稲荷祭にて、島田宿内の前年の出来事や、噂されている不正などの風刺が立札や軒灯に描かれ、風刺人形が展示されていたことに由来すると言われています。この風刺人形の起源についてはっきりと分かっていませんが、代官所が建てられた江戸時代には庶民への見せしめにするために罪人を晒していたという話が残されています。さらに代官所が統合され出張陣屋になってからは、人々の参拝が許されていた稲荷祭にて、勧善微悪や忠考貞節を知らしめるために罪状を記した人形を展示し見世物としていたと伝わります。
陣屋が廃止された後、この風習がどのような経緯で民間に引き継がれたのかはわかりませんが、風刺人形は日頃の不満を晴らす良い機会として大変人気があったそうです。
現在では毎年1回「愛するあなたへの悪口コンテスト」が第三セクターである「まちづくり島田」の主催で開催されています。優秀作品は御陣屋稲荷神社前に掲載されており、ユーモア満載の愛ある悪口を見ることができます。
悪口コンテストチラシ

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