御社殿 | 久能山東照宮 - 神社ファン

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久能山東照宮

くのうざんとうしょうぐう

静岡県静岡市駿河区根古屋389

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御社殿

更新日:2026年9月26日

権現造りの御社殿

久能山東照宮の御社殿は、本殿と拝殿を床の低い「石の間」で連結した「権現造り」と呼ばれる様式の複合社殿です。総漆塗りで、要所には極彩色の彫刻や錺金具が用いられており、荘厳な雰囲気をかもし出しています。
本殿の大きさは桁行3間、梁間3間で入母屋造り。拝殿は桁行5間、梁間2間の入母屋造りで、正面には千鳥破風と向拝が設けられています。両者をつなぐ石の間は桁行1間、梁間1間の両下造りで、3棟とも屋根は銅瓦で葺かれています。
家康が亡くなった1616年(元和2年)、2代将軍徳川秀忠の命によって造営が始まりました。総奉行を務めたのは、後に紀州徳川家の祖となる徳川頼宣。大工棟梁には「中井大和守正清」が選ばれました。
工事は1616年5月に始まり、翌1617年(元和3年)12月に完成。わずか1年7か月という短期間で、現在まで残る壮麗な御社殿が造り上げられました。
権現造りの御社殿
中井大和守正清は、二条城や伏見城、江戸城、駿府城をはじめ、知恩院、増上寺、名古屋城、内裏など、徳川家康のもとで数々の重要な建築に携わった人物です。家康から「何事も御普請方之儀、大和次第」と全幅の信頼を寄せられ、公儀大工の第一人者として江戸幕府草創期の造営を支えました。
久能山東照宮は、そんな中井正清が最晩年に全身全霊を込めて造り上げた最高傑作といわれています。正清は御社殿完成から約1年後の1619年(元和5年)1月21日、55歳で亡くなりました。
また御社殿の建築様式である「権現造り」は、その後全国に数多く造られた東照宮の原型となりました。
本殿と拝殿を石の間で結ぶ建築形式そのものは以前から存在していましたが、久能山東照宮の創建によって「権現造」と呼ばれるようになったとされています。久能山東照宮の御社殿は、江戸時代を通じて権現造りが全国へ普及する契機となった最古の東照宮建築です。
本殿
有名な日光東照宮より19年前に造られた御社殿であり、その後全国各地に建てられた東照宮の原型となりました。
こうした建築史上の価値が高く評価され、2010年(平成22年)には本殿・石の間・拝殿が国宝に指定されています。
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極彩色豊かな彫刻はみどころのひとつ

御社殿の大きな見どころが、建物の随所に施された極彩色豊かな彫刻です。
拝殿右側の蟇股には、孔子・仏陀・老子の3賢人が瓢箪の水を味わう場面が表現されています。
3賢人が水の瓢箪の味比べの彫刻
孔子と仏陀と老子の3賢人が「人生の象徴」である瓢箪の水を飲み、それぞれ感想を言い合ったと伝えられています。孔子は「何の味もしない」と言い、仏陀は「塩のように苦い」と顔をしかめ、老子は「酒のように甘い」と喜んだとされています。
老子の言葉を聞いた2人が、もう一度瓢箪の水を飲ませてほしいと頼んでいる様子が表現されているともいわれ、日々を大切に生きることを伝える彫刻として紹介されています。
司馬温公の甕割りの彫刻
中央の蟇股には「司馬温公の甕割り」が彫刻されています。
後に北宋の政治家・学者となった司馬光が幼い頃、友達と遊んでいたところ、一人が大きな水甕の中へ落ちてしまいました。司馬光は高価な甕を壊すことをためらわず、石で甕を割って友達を助けたと伝えられています。
物よりも人の命の方が大切であることを説いた故事で、久能山東照宮でも「命の大切さ」を表す彫刻として紹介されています。
左側の蟇股には「瓢箪から駒」が彫刻されています。
中国の仙人・張果老にまつわる故事を題材としたもので、瓢箪から馬が現れるという不思議な場面が表現されています。「瓢箪から駒」は、思いもよらないところから意外なものが現れることのたとえとして現在も使われている言葉です。
この彫刻には、人生では何が起こるかわからないからこそ、常に備えておくことの大切さが込められているとされています。
つまり拝殿には、命を大切にすること、学びながら日々を大切に生きること、そして予想できない出来事に備えることを伝える彫刻が並んでいることになります。
極彩色の華やかさだけでなく、そこに込められた物語まで知ってから見ると、御社殿の彫刻がまた違って見えてきます。
このほかにも龍や唐獅子などが色鮮やかに表現されています。参拝する際には、ぜひ頭上の彫刻や絵にも注目してみてください。
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御社殿屋根の「逆さ葵」

御社殿屋根の垂木の先には徳川家の葵の御紋が並んでいますが、実はその中にひとつだけ、御紋が逆さまになった「逆さ葵」があります。
これは、あえて建物を未完成の状態にしているものと伝えられています。
逆さ葵
完成してしまえば、あとは衰退へ向かうだけ。そこで一か所を未完成の状態として残すことで、これからも発展し続けるようにとの願いが込められているといわれています。
久能山東照宮でも、逆さ葵について「建物が未完成であることを表し、さらなる発展への願いが込められている」と紹介しています。
非常に小さな部分なので、知らずに参拝すると見逃してしまうかもしれません。御社殿を訪れた際には、垂木の先に並ぶ葵紋をよく見ながら「逆さ葵」を探してみてください。

御祭神・ご利益

久能山東照宮の御祭神は徳川家康公です。
家康が亡くなった翌1617年(元和3年)2月21日、朝廷から「東照大権現」の神号が贈られ、同年3月9日には正一位が追贈されました。
相殿には豊臣秀吉公と織田信長公がお祀りされています。徳川家康公とあわせ、戦国時代の三英傑をともにお祀りする珍しい神社です。
家康は長く続いた戦乱の世に終止符を打ち、その後260年余りにわたって続く「泰平の世」の礎を築きました。
久能山東照宮 徳川家康肖像画
久能山東照宮では創建以来、徳川家康公を平和の守護神、国家鎮護の神としてお祀りし、朝廷や幕府をはじめ広く人々から崇敬を集めてきました。
国宝の御社殿は、豪華な建物を見るだけでも十分に楽しめますが、その建築を手掛けた中井正清、全国の東照宮へ広がった権現造り、彫刻に込められた物語、そして逆さ葵まで知ってから眺めると、さらに多くの見どころが見えてきます。
久能山東照宮を訪れた際には、ぜひ時間をかけて御社殿を眺め、400年以上前の職人たちが残した細部までじっくりと見てみてください。

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