久能梅林 | 久能山東照宮 - 神社ファン

有名度

小結

久能山東照宮

くのうざんとうしょうぐう

静岡県静岡市駿河区根古屋389

😞 🙁 😐 🙂 😄

久能梅林

更新日:2026年9月26日

梅花と駿河湾の眺望が素晴らしい「久能梅林」

表参道入口の石鳥居をくぐり、ゆるやかな石段を50メートルほど登った先には久能梅林が広がります。
久能梅林 入口
約3000平方メートルの広大な敷地には、早生、中生、晩生の開花時期が異なる梅がおよそ10種類、約130本植えられており、春先には梅の花を楽しむことができます。開花時期の異なる梅が植えられているため、一斉に咲いて終わるのではなく、早咲きから遅咲きへと順番に花を楽しめるのも久能梅林の特徴です。
久能梅林の梅
久能梅林の入口には大きな案内板が立っているので、迷わず訪れることができると思います。またお手洗いも併設されているため、長い表参道を登る前に休憩をとるのにも適した場所です。
梅園橋
久能梅林は、別名「久能梅園」とも呼ばれています。梅林敷地内に掛けられた「梅園橋」が由来です。長年の雨風によって色が落ちていますが、そこがまた味わいのある雰囲気をかもし出しています。
四阿からの景色
中腹に設けられている四阿(あずまや)からは、駿河湾、伊豆半島などの眺望が楽しめます。久能山は駿河湾に面してそびえているため、梅林からも海を間近に感じられるのが大きな魅力です。ぜひ春の季節に訪れてみてください。満開に咲く梅の花と青い海の大変素晴らしい景色を眺めることができます。
スポンサーリンク

石垣いちご発祥の地

梅林敷地内には「石垣いちご発祥の地」と彫られた石碑が立っています。実は久能山山麓の海岸地区は、いちごの産地として大変有名な場所です。山の斜面を利用した「石垣いちご」の栽培が盛んであり、シーズンになると多くの人がいちご狩りに訪れる観光名所でもあります。久能山と駿河湾の間を走る国道150号沿いには数多くの観光農園が並び、「久能いちご海岸通り」と呼ばれています。
石垣いちご発祥の地の石碑
石垣いちごの歴史は明治時代まで遡ります。その始まりには諸説ありますが、久能はいずれの説にも登場する石垣いちごゆかりの地です。静岡市では、川島常吉が久能山東照宮の宮司からいちごの苗を譲り受け、石垣の間に植えたことが始まりと伝えています。
久能でいちご栽培が発達した背景には、この土地ならではの環境があります。久能山南側の斜面は駿河湾に面して日当たりがよく、海沿いのため気候も温暖です。さらに昼間に太陽の熱を蓄えた石が、夜になると保温の役割を果たします。海面から反射する光も加わり、ビニールハウスがなかった時代にも冬場にいちごを実らせることができました。
石垣にはもうひとつ利点があります。斜面から実が垂れ下がるため、いちごが土に直接触れにくく、果実が傷むのを防ぐことができます。現在は人工的に造った石垣をビニールハウスで覆う方法へと発展していますが、石の保温効果を利用するという基本的な仕組みは受け継がれています。全国的にも珍しい、久能の土地の特徴を生かした栽培方法です。
久能周辺では明治時代以降、いちご栽培が急速に広まりました。大正初期には栽培農家が120戸を超え、収穫したいちごを江尻駅まで運び、東京へ出荷していたと伝えられています。その後も栽培方法の改良が続けられ、現在では久能山の麓から海岸にかけて並ぶいちごのビニールハウスが、この地域を象徴する風景となっています。
久能山東照宮 萩原章弘翁之碑
また「石垣いちご発祥の地」の石碑とともに注目したいのが、「萩原章弘翁之碑」です。萩原章弘氏は静岡を代表するいちごの品種「章姫」を育成し、品種登録した人物です。章姫は細長い形と大きな果実、酸味が少なく甘みが強いことなどが特徴で、現在も久能の石垣いちごで栽培されています。
梅の花や駿河湾の眺望だけでなく、久能の名産である石垣いちごの歴史にも触れられるのが久能梅林です。梅林を訪れた際はぜひ、これらの石碑にも注目してみてください。

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

久能山東照宮の人気記事

  • 久能山東照宮 権現造りの御社殿
    御社殿

    この記事を2人が評価

  • 久能山東照宮 五重塔跡
    五重塔跡

    この記事を1人が評価

  • 久能山東照宮 金の成る木
    金の成る木

    この記事を1人が評価