有名度
小結久能山東照宮
くのうざんとうしょうぐう
静岡県静岡市駿河区根古屋389
勘介井戸
更新日:2026年9月26日
伝説の軍師「山本勘助」ゆかりの井戸
参道を本殿に向かって進んだ先、博物館の裏側には勘介井戸と呼ばれる史跡が存在します。戦国時代の武将・武田信玄に仕えた軍師「山本勘介」が掘ったと伝わる、石垣積の井戸です。深さはなんと33メートル(108尺)にも及びます。現在も井戸の上には水を汲み上げるために使われたと思われる滑車が吊るされており、往時の井戸の姿を想像することができます。また井戸の上には木の板で蓋がされており、残念ながら内部を覗くことはできません。
久能山東照宮が創建される以前、この場所には武田信玄によって久能城が築かれていました。1568年(永禄11年)、駿河へ侵攻した信玄は、久能山が北側を急峻な谷に囲まれ、南側には駿河湾を望む天然の要害であることに着目。当時山上にあった久能寺を現在の静岡市清水区へ移し、山上に城を築きました。

そのような山城にとって、山上で水を確保する井戸は重要な存在でした。標高200メートルを超える久能山の上に、深さ33メートルもの井戸が掘られていることからも、久能城時代の名残を現在に伝える遺構として注目したい場所です。

そのため、本当に山本勘助自身がこの井戸を掘ったのか、その真相は分かっていません。それでも久能山東照宮では現在も「戦国時代に武田信玄公の軍師山本勘介が掘ったと伝えられる井戸」として紹介しています。史実との間に残された謎も、勘介井戸の興味深いところではないでしょうか。
現在の久能山は徳川家康を祀る東照宮として知られていますが、境内を歩いていると一ノ門や勘介井戸など、東照宮創建以前の久能城をしのばせる場所にも出会います。華やかな国宝社殿とはまったく異なる、戦国時代の久能山の姿を現在に伝える見どころのひとつです。
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