有名度
関脇富士山本宮浅間大社
ふじさんほんぐうせんげんたいしゃ
静岡県富士宮市宮町1-1
南極の石・火山弾
更新日:2026年9月17日
数億年の歳月を経た南極の石
浅間大社の拝殿横には、神社の境内としては少し意外な「南極の石」が置かれています。現地の説明板によると、この石は南極奥地から氷河に乗り、幾億年もの歳月を経て流出し、地吹雪によって風化したものです。石を採取したのは、第7次南極観測船「ふじ」の乗組員でした。その乗組員で富士宮市出身の赤池稔氏によって、浅間大社へ奉納されています。
Ennui (Wikipedia パブリック・ドメイン)富士山の名を冠することから、「ふじ」の船内に設けられた神棚には富士山本宮浅間大社のお札が祀られ、南極へ向かう航海の安全が祈願されました。この伝統は後継の南極観測船にも受け継がれています。
現在の南極では環境保護のため厳しい国際的な規制が設けられており、科学的調査を除く鉱物資源活動は原則として禁止されています。
浅間大社に残る南極の石は、南極観測の歴史を伝えるとともに、富士山を御神体とする浅間大社と南極観測船との意外なつながりを感じさせる貴重な見どころです。
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約100kgもある巨大な火山弾
南極の石の隣には、もうひとつ珍しい石が置かれています。富士山の噴火によって生まれた「火山弾」です。
火山弾とは、噴火によって火口から放出された溶岩の塊が、空中を飛んでいる間に冷却・変形して固まったものです。一般に直径64mmを超えるものが火山弾に分類されます。
浅間大社に置かれている火山弾は非常に大きく、現地の説明板には重さ「約三十貫(約100kg)」と記されています。
表面は黒く、全体が美しい楕円形に整っています。これほど大きく形の整った火山弾は珍しく、浅間大社の境内でもひときわ目を引く存在です。
Ennui (Wikipedia パブリック・ドメイン)ただし、浅間大社の現地説明板には噴火した年代や、この火山弾がどこで採取されたものなのかまでは記されていません。そのため、宝永大噴火によって現在の浅間大社境内まで直接飛来したものと断定することはできません。
宝永大噴火は、現在までのところ富士山で最後に起きた噴火です。約2週間にわたって大量の火山灰や火山礫などを噴出し、火山灰は遠く江戸にまで降り積もりました。
浅間大社には、この宝永大噴火を実際に目撃した社僧による『富士山噴火記』も残されています。噴火の始まりから富士山の様子までを記録した貴重な史料で、富士山を御神体として仰ぐ浅間大社が、長い歴史のなかで噴火と向き合ってきたことを伝えています。
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