溝旗神社 - 神社ファン

有名度

前頭

溝旗神社

みぞはたじんじゃ

岐阜県岐阜市溝旗町3丁目21番地

岐阜県岐阜市溝旗町3丁目21番地

拝殿

Jerry fish tkc(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 厄除
溝旗神社には

「健康系」「仕事系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

災難除け 疫病除け 五穀豊穣

御祭神

素盞嗚尊 すさのおのみこと
天照皇大神 あまてらすすめおおかみ

神社系統

この神社の主な系統は

祇園・須佐系

です。
他に 「伊勢・神明系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

溝旗神社は岐阜県岐阜市に鎮座する神社。御祭神は素盞嗚尊、天照皇大神の2柱をまつる。
社格は旧村社。
伝承によれば、用明天皇2年、当地で悪疫が流行した際に人々が素盞嗚尊に祈願したところ、流行が鎮まったとされる。これを契機として社殿が創建されたという。のちには真言宗の寺院である天王山聖寿院が関わり、神仏習合のもとで祀神は牛頭天王と称され、尊崇が続いたと伝えられている。
明治維新期の神仏分離の流れのなか、明治元年の両部廃止により「牛頭天王」の呼称を改め、旧地名にちなみ溝旗神社と奉称した。明治5年に村社に列格し、明治42年には神饌幣帛料供進社に指定されるなど、近代社格制度のもとで制度面の整備が進められた。さらに昭和13年7月11日には境内の神明神社を本殿に合祀し、現在につながる祭祀のかたちが確立した。
社殿の整備は昭和期に大きく進展し、昭和15年には建築家・伊東忠太の設計により、本殿以下の境内造営が行われた。造営にあたっては、伊勢神宮の御造営古材の払下を受けたほか、用材として台湾大平山の檜材が用いられたとも伝えられている。しかし昭和20年7月9日の岐阜空襲により大きな被害を受け、手水舎など一部を除いて多くの建物が焼失し、神木も失われた。一方で、御神体は神職が奉持して避難させたため難を免れたという。
戦後は復興が急がれ、昭和26年4月までに仮本殿や正門、社務所が再建された。さらに、焼失を免れていた設計図をもとに昭和35年に本殿が再建され、戦災からの復興の歩みは溝旗神社の社史における大きな軸となっている。
祭事としては、旧暦水無月15日の満月の夜を縁日として斎行する「ちょうちん祭」が知られ、夏の疫病除けを願う信仰と結びつきながら、現在まで受け継がれてきた。
  • 村社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%9D%E6%97%97%E7%A5%9E%E7%A4%BE
岐阜県神社庁
https://www.gifu-jinjacho.jp/