多岐神社 岐阜県 - 神社ファン

有名度

前頭

多岐神社

たぎじんじゃ

岐阜県養老郡養老町三神町406番地の1

岐阜県養老郡養老町三神町406番地の1

拝殿

Monami(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 厄除
多岐神社には

「健康系」「仕事系」「厄除・開運系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

五穀豊穣 商売繁盛 災難除け 疫病除け

御祭神

倉稲魂神 うかのみたまのかみ
素盞嗚命 すさのおのみこと
大市比咩 おおいちひめのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

稲荷系」 「祇園・須佐系

です。
他に 「不明(1柱)」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

多岐神社は岐阜県養老郡養老町に鎮座する神社。御祭神は倉稲魂神、素盞嗚命、大市比咩の3柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
創祀は和銅年間と伝えられている。元明天皇の御代にあたる和銅5年に当地へ鎮座したとされ、山城国紀伊郡の稲荷神社と同神であるという里老の伝承が残る。和銅4年に山城国紀伊郡飯盛山で稲荷神社が創建されたことが史料に見えるため、その頃、国守などを通じて勧請され、五穀豊熟を祈願する社として信仰を集めた可能性が考えられている。
和銅年中の勧請を語る伝承は、正中2年9月13日に藤原友貞が奉納したとされる釣仏の背面銘にも言及があるとされ、鎮座の由緒が中世以前から語り継がれてきたことをうかがわせる。往時には旧多芸郡一郡の総社として位置づけられ、社領は数百石に及び、神官や社僧が奉仕するなど、神威の厳かな社であったという。
また、不破郡の南宮神社を一の宮、武儀郡の州原神社を二の宮とし、当社を三の宮として国中の大社の一つに数えたとも伝えられており、広い地域から崇敬を集めていたことが語られている。
しかし、弘治・永禄年間になると豪族の動乱に巻き込まれ、社領の略奪や神官・社僧の放逐が起こり、祭典も次第に衰え、一村の村社へと移り変わったと記されている。近代に入ってからは、明治6年(1873年)に郷社に列せられ、社格が定められた。さらに大正2年(1913年)には周辺の神社が合祀され、地域信仰の中心として再び整えられている。
境内には県指定文化財となっている懸仏が伝えられており、正中2年(1325年)銘の阿弥陀如来像を最古とし、天文13年(1544年)銘のものまで、紀年銘をもつ作例が残る点が大きな特色である。例祭は毎年4月16日に斎行され、現在も地域の人々によって大切に守り伝えられている。
  • 三宮(美濃国)
  • 郷社
  • 式内社(小)
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神社詳細

摂末社・境内社

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文化財

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9A%E5%B2%90%E7%A5%9E%E7%A4%BE
岐阜県神社庁
https://www.gifu-jinjacho.jp/