方県津神社 - 神社ファン

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方県津神社

かたがたつじんじゃ

岐阜県岐阜市八代3丁目13番1号

岐阜県岐阜市八代3丁目13番1号

鳥居と拝殿

Monami(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

かんたんご利益

御祭神

丹波之河上之摩須之郎女之命 たにはのかわかみのますのいらつめのみこと
天照大神 あまてらすおおみかみ
豊受比賣命 とようけびめのみこと
秋葉大神 あきばのおおかみ

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
他に 「伊勢・神明系」 「愛宕・秋葉系」 も考えられます。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

方県津神社は岐阜県岐阜市に鎮座する神社。御祭神は丹波之河上之摩須之郎女之命、天照大神、豊受比賣命、秋葉大神の4柱をまつる。
社格は式内社であり、旧郷社。
創建は不明であるが、方県津神社は古くから美濃国方県郡の神社として位置づけられてきた。伝承では、丹波道主命に連なる系譜が語られ、その妃にあたる存在として丹波之河上之摩須之郎女之命を主祭神として祀る構図が示されている。
日子坐王一族はこの地方と深い関わりを持ち、農耕や治山、治水などに貢献した氏族とされる。日子坐王の皇子である丹波道主命は、崇神天皇の命を受けて丹波国へ派遣された四道将軍の一人であり、別名を彦多都彦命といい、伊奈波神社の祭神としても知られる。その妃が、方県津神社の御祭神である丹波之河上之摩須之郎女之命であると伝えられている。
さらに、その子である日葉酢比売命、またその子の五十瓊敷入彦命は伊奈波神社に関係し、五十瓊敷入彦命の妃である淳熨斗媛命は金神社に祀られ、その子である市隼雄命は橿森神社、擁烈根命は県神社の祭神とされる。これらの系譜から、方県津神社は岐阜市内に鎮座する多くの神社と深く結びつく、いわば地域神社の祖系に位置づけられる存在と捉えられてきた。
『日本書紀』には、美濃国方県郡の式内社として「従二位方県津大明神」が中福光村八代の郷に鎮座すると記されており、『美濃国神明帳』にも「従三位方県津明神」との記載が見られる。これらの記録から、方県津神社が古くから朝廷に認識された神社であったことがうかがえる。
また、往古にはこの一帯に伊勢湾の海水が入り込み、大船が往来する港湾地帯であったと伝えられ、「肩と肩を接するほど賑わった港」であったことから「肩々津港」と呼ばれ、のちに「方県津」へと転訛したとする説も残されている。この地名の変遷にともない、社名も方県津神社と称されるようになったと考えられている。
昭和32年12月7日には、社名が県神社から方県津神社へと改められた。現在の社地は、5世紀頃に築かれたとされる円墳の上に位置し、直径約40m、高さ約4.5mの規模を持つ。かつては北側と東側に周濠が存在したと伝えられ、この古墳は通称「枡塚」と呼ばれている。この名称は、御祭神名に含まれる「摩須」が転訛したものであり、本来は「摩須塚」であった可能性が指摘されている。
  • 郷社
  • 式内社(小)
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B9%E7%9C%8C%E6%B4%A5%E7%A5%9E%E7%A4%BE
岐阜県神社庁
https://www.gifu-jinjacho.jp/