笠原神明宮 - 神社ファン

有名度

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笠原神明宮

かさはらしんめいぐう

岐阜県多治見市笠原町下神戸2900番地の1

岐阜県多治見市笠原町下神戸2900番地の1

拝殿

Asturio Cantabrio(wikipedia CC 表示-継承 4.0)

かんたんご利益

  • 健康
  • 仕事
  • 家庭
笠原神明宮には

「健康系」「仕事系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

五穀豊穣 家運隆昌 商売繁盛 国家安泰 諸願成就 疫病退散

御祭神

主祭神

天照皇大御神 あまてらすすめおおみかみ

相殿神

豊受媛大神 とようけびめのおおかみ

神社系統

この神社の主な系統は

伊勢・神明系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

笠原神明宮は岐阜県多治見市に鎮座する神社。御祭神は天照皇大御神、豊受媛大神の2柱をまつる。
社格は旧郷社。
笠原の地は、古くから人々の暮らしと結びついてきた土地であり、町内には古墳の存在も伝えられるなど、古代からの痕跡が重なる地域である。こうした歴史的背景のもと、神明の神を迎える信仰が育まれ、笠原の産土神として崇敬を集めてきた。
当宮の歩みを語るうえで重要なのが、寛政5年(1793年)に発生した火災である。この火災によって棟札などの記録類が失われ、創建の確かな年代は不詳となったが、翌年の寛政6年(1794年)には社殿が再建され、地域の信仰が途切れることなく受け継がれてきたことがうかがえる。
再建に際して掲げられた棟札には、近江国の「養界聖人」がこの地に神明宮を創建したという趣旨が記されており、少なくとも江戸時代の段階で、由緒を遡って語り継ごうとする意識が強く保たれていたことが分かる。これを手がかりとして、社殿の創建を南北朝時代頃に位置づける見方も示されているが、年代として確実に確認できるのは、火災と再建に関する記録である。
その後も本殿や末社の葺き替えなどが重ねられてきたが、昭和34年(1959年)の伊勢湾台風では、社殿や社叢に大きな被害を受けた。復興の過程において、昭和46年(1971年)には鉄筋コンクリート造の社殿が再建され、さらに昭和61年(1986年)には社名を「笠原神明宮」と改め、現在に至っている。
多治見市指定文化財としては「手洗石」が挙げられ、寛延2年(1749年)に奉納されたもので、正面には蛇や菊花紋が彫刻されており、所有者が笠原神明宮であることが確認されている。また、笠原町内の旧日光寺で保管されてきた「旧日光寺陶製狛犬一対」は、令和6年(2024年)3月21日付で多治見市有形文化財に指定され、元治2年(1865年)に加藤佐助が制作したものである。
  • 郷社
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神社詳細

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出典
公式サイト
http://kasahara-shinmeigu.com/
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%A0%E5%8E%9F%E7%A5%9E%E6%98%8E%E5%AE%AE
岐阜県神社庁
https://www.gifu-jinjacho.jp/